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『世界樹の迷宮』シリーズ雑記。HPのごたごたも
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セカダンの自ギルドが結成されるまで
 
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「琥珀の世界樹の街、アスラーガ。この名前が突然世界地図に現れて、数年が経つ。実際のところ、開墾地というのはどこもそんなものだ。魔物が沸く未知なる迷宮……そこに宝が眠っているという噂を立てれば、人というものは簡単に集まるからな」
「ご高説どうも。で、あやふやな噂の真偽を確かめるためだけに、ンな辺境まで俺は連れてこられてるんだがな?」
 緑が深いと言うには少々、山中すぎる狭い道を、二人の男がだらだらと登っている。舗装もロクにされていない、ガタガタの坂道だ。背の高い木々が視界を覆いつくし、どちらが北か南かも分からない。
 片方はそれでもきょろきょろしながら歩いている、少年だ。十七という年齢が示すのは、単調な景色であっても、好奇心の眼差しでもって向き合えるということだ。帯びた剣や、外套ははまだ真新しく、緊張している面持ちからも、彼が旅慣れていないことが分かる。名はフェイと言った。
 その背後を遅れてついてくるのは、フェイとよく似た烏色の髪をした青年だ。名はベリトと言う。ちょうど一回り年が違うのであまり似ていないが、二人は兄弟だ。
 兄が追い付いてこようとしないので、弟は深々と嘆息する。
「ったく。それであとどれくらいで、アスラーガ行き飛空艇の発着場に辿り着くんだよ?」
「うーん。地図によれば、ふもとの街から馬車で数分って話だったんだけどなあ……」
「おいおい……」
 もう一時間近くは歩きづめだ。もっと早く聞いておけば良かったと思いながら、フェイはベリトに近づく。天を仰いでも、枝葉に阻まれ空の様子は分からなかった。
「―――だから馬車を使おうっつったんだ。たかが数十エンだろ」
「たかが数十、されど数十だよ、フェイ。おまえも自力で稼ぐようになったら分かるさ」
 しれたように言うので、フェイはムッとして言い返す。
「俺がいないとすぐに無一文になるくせして、よく言うぜ!」
「ほらー、すぐカッカする。深呼吸しろ、深呼吸。森林浴って落ち着くらしいぞ」
「お前……もしかしてそれが目的でこんな……」
 大仰な素振りで深呼吸を繰り返すベリトに、フェイは半目で呟いた。発着場まで専用の馬車があるのに、「山道を歩こう」だなんて言いだしたところでおかしいと思ったのだ。
「運動苦手とか言ってる奴が、山歩きなんて無謀すぎんだよ」
「すぐ着くものだと思っていたんだよ。さて、どうしよう」
「どうするもこうするも……」
 来た道を戻る、しかない。
 が。
 フェイが見下ろしたのは、今まで登ってきた坂道。そこに落ちる、不気味な暗闇だった。ただならぬ空気を読み取って、フェイは知らず息を呑む。
 落ち着いた声が響いた。
「……城壁に守られた平和な街とは、違うだろ?」
 兄ののん気な口ぶりに、フェイは彼を睨みつけ―――ようとして、その姿を探す。見れば、ベリトはいつの間にか、横倒れになった木の切株に腰かけていた。
 何となく、徒労感が襲う。
「なんで初めて出た旅で、遭難しなきゃならねーんだよ」
「まあ、旅にトラブルはつきものだよ」
「遭遇せずに済むトラブルは回避するもんだろっ!」
「そうだな。まあ、コレに関しては私も予想外だった。謝っておこう」
「ンな殊勝なこと言って―――」
 がさがさと、森を掻き分ける音が響く。
 それは次第に激しく、早く―――近づいてくる。
「へ?」
「すまん、フェイ」
 ベリトが呟くと同時に、フェイの真横を雷が通過していく。
 振り返ると同時に、「ギャッ」という声を立て、黒い何かがフェイの背後にある木を回り込んだのが見えた。咄嗟にフェイは剣に手を伸ばす。状況が読み込めない。が、身体は訓練で叩きこまれた動作を再現していた―――鞘から剣を抜き放ち、構える。
「おい?」
「相手に集中しろ」
 一瞥したベリトは既に立ち上がり、愛用の小さなステッキ―――印術師が好んで使う、触媒の付いたもの―――を構えている。フェイははっと正面の木を見た。唸り声。弱々しいのは、先の一撃が効いているからだ。
「魔物……」
「こんな人里にいるとはな」
 相手が何者か分かって、フェイは幾分落ち着きを取り戻した。魔物ならここに辿り着くまでの道中も何度か遭遇した。余程の強敵でなければ、問題ない。
 黒い豹のような頭が木陰から覗く。フェイは挑発するように剣を振った。
「こいよ」
 跳びかかってくる魔物。剣を掲げ、絡んだ鋭い爪を投げ捨てるように薙ぎ払う。黒い魔物は空中で一回転して着地すると、滑る影のように走り出した。
「逃がすか!!」
「フェイ、深追いするな!」
 ベリトの制止も意に介さず、フェイは魔物を追いかけた。街近くに生息する魔物はいつ人を襲うともしれないため、発見次第討伐するのが常だ。岩や斜めに生えた木を乗り越え、フェイは魔物を追いかける。
「待ちやがれ!」
 岩の上で待ち構えていた魔物に、フェイは斬りかかる。魔物はフェイの頭の上を跳び越えて、その肩を後ろから思い切り蹴り飛ばした。
「うお!?」
 体勢を崩すフェイ。
 目を瞠る。
 自分が倒れ込もうとした先には―――何もなかったからだ。
 崖だ!
「フェイ!」
 強かに膝を切り立った岩にぶつけ、フェイは成すすべなく空中に放り出される。
 崖の上で炎が上がる。
 しまったと思う間もなく―――フェイは暗い谷底に落ちていった。

***

「……くエン? いやいや、もっと……」
「う……」
 頬に触れる、冷たい石の感触。
 フェイは身を起こそうとして―――身体のあちこちが悲鳴を上げる。蹲って、一番痛い右膝に手をやった―――包帯の感触がする。
 手当を、されている?
―――ここは何処だ。
「む?」
 女の声に顔を上げる。
 自分の容態を確認するのも覚束ない闇の中、面白がるようなその女の表情が見えたのは、言わずもがなその女の周りだけが灯に照らされて明るかったからだ。正確に言えば、女の正面に立つ痩せた男がカンテラを持っている。書類に目を落とす男に、女が言った―――フェイに人差し指を示して。
「おい、起きたようだぞ」
「ほう」
 何のつもりだ、と言おうとしたが、喉がからからで声が全く出ない。
 桃色の長く、緩いウェーブがかかった髪が翻った。その女は切れ長の目を眇めて、フェイに最も近付いた―――つまり、二人を隔てる鉄格子にもたれかかる。
「目が覚めたようだな。まあ、これくらいなら問題ない。ただ、死ぬなら迷宮の中で死んでくれ」
「は……?」
「じゃあ、わしはこれで」
「ああ、ありがとう。上でその書類を渡してくれれば、あとの者が支払いをする」
 カンテラを女に手渡し、男が去っていく。足音を聞きながら、フェイは必死に立ち上がろうと腕を突っ張っていたが、起き上がることすらままならない。また声が降る。
「無理をするな。使う前から、痛まれては困る」
「さっきから……なんの、はなしだ……」
「お前、名前は?」
「……れ」
「うん?」
 フェイは精一杯顔を上げると、息も絶え絶えに告げた。
「お前から、名乗れ」
「……っははは」
―――焼けるような痛みが肩に走る。
 声もなく、這いつくばるフェイ。鉄格子の隙間から差しこまれた杖が、包帯に覆われた肩を打ったのだ。
「この状況で、よくそんな口が叩けたものだな」
 杖を手にしていた女は「まあいい」と呟くと、鉄格子の向かいにある壁に背を預けた。
「―――私はマリアン。お前のご主人様だ」
「っ……だから」
「谷底でお前を見つけた奴隷商人から、高値でお前を買い取った。感謝しろよ? 死にぞこなっていたところ、治療費まで出してやったんだから」
「奴隷……だって?」
 フェイは女―――マリアンを睨みつける。
「誰が、そんなもの……」
「ふふ、私は威勢がいいのは嫌いではないぞ。……場所を移すか。せっかく“投資”したのに、こんなところにいて、肺炎になられてはな」
 マリアンが、先ほど男が去っていった方向―――足音からして、階段があるのだろう―――に向かおうとするので、フェイは口を開いた。
「……フェイ」
 蚊の鳴くような声だったが、肩越しに振り返ったマリアンは満足そうに微笑んだ。
「いい名だ」


 最初の扱いはなんだったんだと言いたくなる。
 簡素だがきちんとしたベッドのある小さな部屋に連れてこられたフェイは、マトモに動けるようになるまで、そこで生活していた。食事はちゃんとした身なりのメイドが運んでくるし、用を足すときは部屋の外にも出してもらえる。手足についている鎖のおかげで運動不足だったが、身体は順調に回復していった。
 行動範囲の広さからあまり家の中が広くないことは分かっていたが、家具のしつらえ、窓から見える景色から、それなりの屋敷であるようだった。窓の外には琥珀の世界樹が見える。つまり、ここは当初の目的地―――アスラーガなのだ。
 マリアンと二度目に顔を合わせたのは、邂逅から一月が経過してからだった。呼び出された、客間らしいその部屋は壁が片側なく―――まるで、何か爆発に巻き込まれたような跡に、フェイは目をぱちくりとする。
 部屋の中心に座すマリアンは、フェイを正面に座るように促した。フェイの稚拙な語彙では、良い椅子だ、としか言えない立派な革張りの椅子に居心地が悪くなる。吹きさらしのせいだろう、埃っぽいが。
 マリアンは薄く笑った。
「そう固くなるな。私に名乗れとほざいた時の、威勢の良さはどこにいったんだ?」
「……俺は奴隷なんだろ」
「そうだ。物わかりが良いな」
「こんなもん付けられた上に、手厚くもてなされたんじゃ反抗する気も失せるさ」
 手錠をじゃらと鳴らせば、マリアンは満足げに目を眇める。
 フェイは窺うように尋ねた。
「……ここは、アスラーガの街?」
「ああ。私の、私たちの拠点にして、琥珀の世界樹を望む街。そして―――」
 マリアンは、ない壁の向こうを指さした。
 そこは、侵入者の心配などしなくていいくらいの崖になっている。柵も何もない。まるで緑の大地が抉り取られたような形になっている崖、その先にはまた緑が広がり、陽光にきらめく河があった。
 そして靄がかった空の果て、琥珀色に輝く大樹のシルエット。
「冒険者の街、アスラーガ」
 黙るフェイに、マリアンは独白のように続けた。
「知っているか、フェイ。何故アスラーガが冒険者の街と呼ばれるか」
「魔物が沸く迷宮があるからだろ」
「そう。踏み入るごとに形を変える迷宮を、迷宮考古学者の言を借りて私たちは“不思議のダンジョン”と呼んでいる。アスラーガの迷宮はまさにそれらだ。世界樹の近傍は魔物の温床で、長いこと未開拓になっていた」
「魔物の住む地にはお宝が眠っているって? 開拓地なんてどこもそんな噂ばかりだろ」
「そうだ。だが“なかった”としても、“なかった”ことを証明しなければならない。それが冒険者の―――そしてお前の役割となる、フェイ」
 フェイは顔をしかめた。
「奴隷に、迷宮に潜らせるって? まさかそれが“投資”だなんて言うんじゃないだろうな」
「その通りだが?」
「マジかよ」
 呻いて椅子に背中を預ける。
 何と答えようか、しばらく悩んだ末、フェイは口を開いた。
「冒険者なんてやれるわけない。魔物と戦うなんて……」
「お前が拾われたときの衣服に、剣帯があった。剣のない、鞘だけがぶらさがった帯がな」
 あの山は昔から山猫の魔物が住み着いていてな。
 マリアンの笑顔には隙がない。
「―――言っておくが、下手な言い訳はやめろ」
 フェイは溜息で応じた。また杖でしばかれるのはごめんだ。
「お前の素性など知らん。興味もない。……お前はただ、私の命令に従って、不思議のダンジョンの踏破を目指せばいいだけだ」
「嫌だって言ったら?」
 マリアンはどこからともなく取り出した羊皮紙を、フェイの目の前のテーブルに投げた。そこに書かれた文字を目で追う。丁寧な字だ。
「“購入費”、治療費……食費、生活費……しめて、よ、四十万エン!?」
「お前にかけた金額だ。払えば自由の身にしてやる」
「ンな金持ってるはず―――」
「私も鬼じゃない。お前が迷宮で働いた分は、その金額から差し引いてやろう。きちんと衣食住を保証した上でな」
 フェイは今更ながら、自分の置かれた状況を理解して、息を呑む。
 さっと血の気が引く音がした。―――人生で初めて出た旅で、まさかこんな目に遭うなんて。
 マリアンは相変わらず、自信に満ちた笑みを浮かべたままだ。
「安心しろ。ダンジョンで死んだら街に返されるだけだし、ここで死んだら川魚の餌になるだけだ」

***

 フェイは物心ついた頃から、兄と二人で城壁に囲まれた街で暮らしていた。
 街への人の出入りは多かったが、移り変わりはあまりなく、開放的でありながら閉鎖的な街だ。周りを切り立った崖と大河と森で囲まれ、外界との行き来が気球艇でしかおこなえないアスラーガは、それとよく雰囲気が似ていた。訪れる人に対して親切でありながら、どこか結束して閉じこもる街の人々。外の人間として改めてその空気を吸ったとき、フェイは息苦しさを覚えた。
 兄は“仕事”でよく街の外に出ていた。今回の仕事にフェイを同行させたのは、どういう風の吹き回しだったのだろう。初回でまさかはぐれるなんて。
 ベリトの奴、今頃何やってんのかなー。フェイはどこぞの家の軒先で腰を下ろして、嘆息していた。日もとっぷり暮れ、立ち並ぶ長屋の壁に取り付けられた灯りが、背中を丸めたフェイを映している。
 ふいに蹴飛ばして、転がる小さな石。街のそこいらじゅうで、工事中の足場を見かける。舗装もろくにされていない土の道路は、アスラーガの歴史の浅さそのものだ。この点だけが、フェイの住み慣れた街との違いだった。あの城壁の中は完成されきっていて、もう何百年も形が変わっていないのだという。
 気を取り直して、フェイは手の中の紙を広げた。
「えーっと、もう買う物なかったっけ……」
「大丈夫か?」
 フェイを見下ろすのは、お前が大丈夫かと言いたくなるくらい顔色の悪い、背の高い青髪の男。
 珍妙なのはその格好で、ぼろぼろのローブの中で両手両足から提げた鎖がじゃらじゃと鳴っては、通行人の視線を呼んでいる。フェイも大概質素だが、そこいらを歩いている街の人と遜色ない服装ではある。
 この男―――ロッコとか言う名のおっさんは、フェイと同じくマリアンの“奴隷”であるらしかった。奴隷歴は相当長く、マリアンの信も厚いようで、フェイのお目付け役として付いてきた。
 マリアンの屋敷は街外れにあり、中心市街までは少し歩く。買い出し兼リハビリとして外に出されたフェイだったが、さすがにこの程度でへばるほど、体力が落ちているわけではなさそうだ。
 立ち上がり、大きく伸びをする。
「平気平気。漏れがなさそうなら、戻ろうぜ」
 歩き出そうとすれも、ロッコは立ち止まったままだ。拘束具のせいで歩きにくいのだろうか、外に出るときくらい俺みたいに外してもらえばいいのに―――そう訝しんでいると、ロッコが口を開いた。
「逃げぬのか?」
「は?」
「俺はこの通り、走れない脚だ。お前を追いかけることもできないぞ」
「はあ」
「買い荷もお前が持っている。売れば少しは路銀の足しになるだろう」
 ロッコの口ぶりに、フェイは理解が出来ないながら、尋ねた。
「おっさん、俺に逃げろっつってる?」
「状況からすると、そうするのが自然だろう」
 フェイは呆気に取られていたが、段々なんだか腹が立ってきて、口角を下げる。
 そして踵を返すと、暗闇の方角―――屋敷のある方へ、今度こそ歩き出した。
「おい?」
「冗談じゃねえ。逃げてたまるか」
 自由になりたければ、金を払えと言ったのはそっちの方だ。
 
 
「お前は変わった奴だな」
 例の客間に呼び出されて来てみれば、いたのはやはりマリアンだった。書類整理の最中らしく、律儀に扉から入ってきたフェイには目もくれない。
「……初対面でいきなり、人を奴隷宣言してくる奴に言われたかねーよ」
「フェイ。明日は、ここに行ってこい」
 テーブルに置いた紙を指先で叩くマリアン。
 椅子の背後から覗き込めば、それは地図だった。
「……“気球艇乗り場”?」
「“不思議ノ迷宮”行きに乗りこめ。確か、朝八時集合だったはずだ」
「は?」
 振り返ったマリアンと目が合う。
「なんだ?」
「いや……“不思議ノ迷宮”って」
「もう調子はいいんだろう。だったら、そろそろ本腰を入れて“働いて”もらおう」
「ああ……」
 追い出そうとしたと思えば、当初の言葉通り冒険者をやれと言う。
 振り回されるのはごめんだ。しかし、“奴隷”という立場が開いた口を閉じさせようと、重く圧し掛かる。何より―――フェイはさすがに理解していた。
 マリアンは、命の恩人なのだ。
「……ひとつ訊いていいか」
「言え」
「“不思議のダンジョン”ってどんなとこなんだ?」
 マリアンは目をしばたかせる。
―――そして噴き出した。
「私が、入ったことがあると思うか?」
 
 
 ねえんだろうな、と迷宮の入り口を眼前に、フェイは思う。
 森の中にぽつねんとあったのは、立派なたたずまいの城壁だった。この内側に、未知なる魔物が潜む地下迷宮があるから行ってこい、と気球艇を下ろされたのは、フェイと同じような武装―――皮の盾と簡素な剣だけを手にしているだけ―――をした数人の冒険者だ。皆同じような顔を見合わせている。
 すなわち、困惑の色が場を染め上げていた。
「ホントにこんなとこに迷宮が……?」
「あーら、知らないのォ?」
 壁を見上げるフェイを、ひょいと覗き込んできたのは、褐色肌に派手な衣装を纏った人物だった。背の高さと鍛えられた体躯から、男だとフェイは判断したが―――化粧をしていて、どこか動作がくねくねしている。
「―――これはね、迷宮の変化を抑えるために建てられた、特殊な砦なのよん」
 低い声で紡がれた説明に、フェイはロッコから聞いた話を思い出した。
―――“不思議のダンジョン”特有の現象。人が立ち入る度にダンジョンの形状が変化するというのだ。アスラーガ周辺の迷宮は、この“不思議のダンジョン”に該当するものが多いため、アスラーガの冒険者ギルドは許可のない迷宮探索を固く禁じている。
 意を決して砦の門を潜ると、石畳が敷き詰められた室内は明るかった。天井は高く、ぽっかりと空間があいているような、何もない部屋だ。不思議なことに、周りを見渡しても、光の源は見当たらない。
「確かに、“不思議ノ迷宮”だな……」
「でっしょー!」
 回り込んできた満面の笑みを、フェイはイライラしながら、てのひらで押さえつける。
「さっきから何なんだお前は!」
「いたたたた! 暴力反対! ……あん、もう。ダンジョン処女の坊やに、丁寧に説明してあげてるだけよう」
「気持ち悪い言い方すんな! 大体お前は誰だ!」
「アタシ?」
 彼―――でいいんだよな―――はその場でくるりと回ってみせると、ウインク一つ答えた。
「―――セファーよ。こう見えてもふもとじゃ有名なダンサーなんだから……ってちょっとちょっと!」
 部屋の中心に、地下へ繋がる階段を見つけたフェイが先に進もうとするのを、セファーが走って追いかけてくる。
「あん?」
「ホラ、こういうのは協力していきましょうよ。ね? えーと……」
「ついてくんな」
「ンもう、つれないわね!」
 そう言ったところで、一本道だ。他の冒険者に混じり、フェイもセファーも長い階段を降りていく。
  

 不思議ノ迷宮の最下層まで到達した者から順に、“訓練”は終了した。
 冒険者と一口に言ってもてんでばらばら、自分一人の力で淡々と階段を目指す者もいれば、魔物討伐に明け暮れる者、はたまた魔物から逃げ回りながらも迷宮内に落ちている道具を拾っていく強者、中には冒険者同士仲良くなって、協力して先に進んでいく者たちもいた。
 フェイはと言えば、後ろからずっとついてくるくねくねダンサー―――セファーを鬱陶しく思いつつ、なんとか最深部である第六層まで辿り着いていた。病み上がりもあってか、動きが鈍重になっている気がする。何より―――
「腹減った!」
「パン食べる?」
 帰りの気球艇までの道すがら、セファーが差し出してきたのは小ぶりのパンだ。ぐるりらーという腹の鳴き声はひっきりなしに耳に入っていたものの、素直に受け取る気になれない。
「要ら―――もがっ」
「遠慮なんてしなくていいの! ホラ、育ちざかりはいっぱい食べないと~」
 口に突っ込まれたパンをそのままもごもごと咀嚼しつつ(両手は泥まみれだった)、フェイは胡散臭いものを見る目をセファーに向けていた。
 こいつ、迷宮に入ってから出るまで、ずっとフェイの後ろをついてきて、フェイを援護していたのだ。まるでそれが自分の目的だったと言わんばかりに。
 セファーは不思議そうにしていたが、ぱしっと手を叩くと、嬉しそうに言ってくる。
「うふふ、今更アタシの美しさに見惚れちゃった?」
「アホか」
 言いつつ、フェイは背嚢から取り出したアリアドネの糸を、セファーに投げた。
「あら、なあに?」
「やる。俺、金持ってねえから」
 他の冒険者の、倒した魔物から種々剥ぎ取ってはいるものの、フェイにはどれが価値あるものか分からない。
 セファーはてのひらのアリアドネの糸とフェイを交互に見比べたあと、微笑んだ。
「要らない……って言いたいところだけど。せっかくの“報奨”ですもの。いただいておくわね」
「ふん」
 気球艇に乗り込む際、ひらひらと手を振って別れたセファーとは、街で降りるときに出くわさなかったため、それきりになってしまった。

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