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『世界樹の迷宮』シリーズ雑記。HPのごたごたも
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新・世界樹の迷宮クラシックの自ギルドが結成されるまで

*SQ2後(エトリア樹海・ハイラガ樹海踏破前提)の話です
*創作要素が今まで以上に強めです



 げんこうしろ自分!

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1.
 カラスが大きく啼いている。
 灰色の空を見上げて、男は何もない闇帯びた草原に立つ。こうも曇りでは時間の感覚が狂うが、ぶ厚い雲の向こうは夜になりつつあるらしい。漂うような冷気に、鼻の下をグローブで擦りながらひとりごちる。
「エトリアはまだ……見えねえか」
 幾度となく通った、隣町からの帰り道である。慣れた道のりだが、最近は近傍で盗賊が出るらしいと聞いた。またどこかの戦で落ちぶれた兵隊連中に違いなく、それでも、ひとりでいるところを囲まれでもしたら厄介なのは承知している。
 しかし、このまま夜通し歩いたとして、エトリアに辿り着く前に、盗賊に出くわすか体力が底を尽きるかのどちらが早いかだ。
 男は赤髪をがしがしと掻くと、武装を解かずに、手ごろな木の下に胡坐をかいた。背中に引っかかるような愛用の鎧が煩わしいが、仕方がない。腰から提げている長剣だけは邪魔なので、すぐに抜けるよう側に控えておく。
 外套を荷から出して羽織ると、男は黙々と野営の準備を始めた。


 雨音がする。
 いつの間にかの眠りから覚まされた男は、そろそろと隻眼を開き―――思わず呻き声を上げた。
 雨はしとしと、などとかわいらしいものでなく、彼の鎧の内側まで侵食するほどのどしゃぶりであった。種火が燻っていたはずの焚火は消えるどころか薪が湿りきり、立ちあがろうとすれば土ではなく泥が手のひらを汚す。
 くしゃみが出た。よくこんな状況で眠っていられたものだ、とずぶ濡れのまま欠伸をかみ殺していた彼は、雨音に混じり聞こえる馬のいななきに、はっと顔を上げた。そう遠くない位置には、街道があるのだ。
 俺の勘の良さもまだ捨てたもんじゃないな。街道を見下ろす丘に移動した彼は、車輪が外れんばかりに疾走する馬車を見つけていた。それを追うように―――いや、追いついてくる複数頭の馬。操るのは、見ない顔の軽鎧の男たち。
 盗賊か。
 剣の柄に利き手を添えて、赤髪の彼はそれに注目した。まだ事態に割り込むには、彼と馬車との距離は離れすぎている。
 馬車を捉えた盗賊たちは、見事な連携でそれを引く馬を断ち切った。馬車を置いて走り去る馬。あとには街道の土に滑るように、斜めに止まる馬車と、馬から降りてくる盗賊たちが残される。
 馬車を取り囲む盗賊たち―――その一人が突然、仰向けにひっくり返った。
 丘から身を乗り出しそうになりながら、赤髪の彼はその様子を眺めていた。痙攣する盗賊は額から血を噴いており、にわかにそれが雨水に混じり、紅の泉と化していく。その仲間たちは何が起こったのか分からぬ様子で顔を見合わせたが―――すぐ、剣を構えた警戒に切り替える。馬車の中から、人影が現れたからだ。
 それは、鮮やかな薄紅色のツインロールの髪を携えた、黒いロングコートの女だった。彼女は細い片腕にレイピアのような黒い剣をだらりと下げ、丘には背を向けて立っている。
 華やかだが隙のない姿勢の女、それを取り囲む粗野な男たちと、足元に広がるどす黒い海―――素朴な馬車には似つかわしくない、奇妙な光景だ。
 やがて盗賊の一人が、我を取り戻したかのように、わめきながら女に向かっていく。
 女の動きは俊敏だった。猫のように柔らかく盗賊の一撃を受け流すと、返す閃きで喉を一息に貫く。最初の盗賊と同じように沈む仲間を蹴飛ばして、次の盗賊が彼女に向かう。
 ここで赤髪の彼は傍観者に徹するのをやめ、丘を駆け下りる。
 盗賊と、女。味方をするなら一目瞭然だ。
「なっ!?」
 突然乱入してきた彼に驚く間もなく、首筋に振り下ろされた一撃で盗賊は絶命する。最初から手加減をするつもりはない。二人目に行く前に、女と目が合った―――氷のような目つきだ。
「よう」
「あなたは?」
「味方だ。あんたの」
「傭兵ね」
 群がる盗賊は残り十人弱といったところだ。背中合わせになりながら、彼は女に会話を試みる。
「馬車の中にはどんなお宝が?」
「私の妹が乗っているわ」
「さぞかし美女なんだろーな」
「あなたは」
 ぞっとするほど透き通った白い顔が、彼を向いた。
「―――何が目的?」
「あー……」
 すぐには答え難い。そのうちに、盗賊たちはこの闖入者を敵と認識したらしい。頭領(と思われる禿頭)の命令で、一斉に襲い掛かってくる。
「強いて言うなら、この辺の治安維持だな!」
 吼えつつ、なるべく一撃で屠るようを心がけながら彼は剣を振るう。足場が悪い。背後にした馬車の車軸に足を引っかけながら、もう片方の足で盗賊を蹴り上げた。数人がまとめてひっくり返る。
「錬金術でも使えりゃ、手早いんだがな」
 あいにくそんな便利な技は持ち合わせていない。それにこれほどの人数相手でも苦戦はせずに済むくらいは、乱闘には慣れている。
 一方の女は、ひとりひとりを確実に仕留めるのが得意のようだった。稲妻に黒光りする細長い剣は毒剣なのか、少しの切り傷を受けただけで盗賊は泡を吹いて失神してしまう。間違えてこっちに向けてくれるなよと思いながら―――自分の正面にいた奴に圧し掛かってとどめを刺したところで、赤髪の彼は上がった甲高い悲鳴に振り返る。
 馬車の内側から、誰かの細い腕が頭領の手によって引っ張り出されようとしている。
「しまった!」
 青白い無表情に初めて焦りを浮かべ、女はそちらに駆けていった。しかし、ぬかるんだ地面に足を取られ―――その死角から襲い掛かる、頭領の斧に気づかぬまま、転倒する。
「あっ!」
 赤髪の彼は咄嗟に短剣を投げたが、間に合わなかった。
 短剣は確かに頭領の頬を貫く。一気に肉薄したその持ち主は、とどめに、渾身の力で長剣を頭領の首に叩きこんだ。頸椎がへし折れる嫌な音を聞き流し―――慌てて女に向かうもその有様に、赤髪の彼は額を抱えた。
 喉笛が半分以上、斧刃でぱっくりやられている。
 一目見て分かるほどに、彼女は死んでいた。
「まずったなあ……」
 頭領が盗賊連中最後の一人だったようで、見渡しても生き残りはいない。血と死体の海に呆然と佇んでいた赤髪の彼は、ふと思い出して馬車の隙間を覗き込んだ。
 そこから突き出される矢じりに身を引く。
「うおっ」
「あっちいって!」
 死んだ女の妹、にしては随分幼い声だ。嫌な予感をさせつつも、彼はそれに呼びかけた。
「危害を加えるつもりはない」
「姉さんは?」
 おや、やはりこれが妹らしい。
 彼女を説得して外に出させることに、彼は躊躇っていた。馬車の外の惨状を見せつけるのは仕方がないとして、彼女にとっての身内の死体まで転がっているのだ。
「ねえ?」
 ところが彼女は自ら、天幕の隙間から顔を覗かせた。
 先の女を幾分あどけなくした、かわいらしい桃色のツインテールの少女だ。十もいかない年頃だろう。彼女は実に平然と死屍累々を見渡すと―――ある一点で喜色を帯びた声を上げた。
「姉さん!」
「え?」
 その声が向けられた方へ振り返った赤髪の彼は、彼には珍しく―――絶叫しそうになった。
 首がぱっくり割れた女が、立ちあがっていたからである。
「ずっぱりいったね!」
 明るい妹の舌足らずな声が、場違いに響く。
 女は頼りない首筋を押さえながら、ふらふらしながら呟くように応じた。
「また致命傷を負ってしまった……申し訳ない……」
「いいよいいよ」
「で……なっ……」
 男はぱくぱくと、言葉も出せぬまま口を動かしていた。指さす先の女と妹を交互に見渡していれば、妹の方がしたり顔になる。
「びっくりした?」
「そりゃするわ……」
「エトリアの治安部隊?」
 落ちていた己の剣を拾い上げ―――その際にずり落ちそうになった自分の頭部を支えながら―――女は抑揚を欠いた声で続けた。
「そのわりには、旅人の装いをしている……」
「俺の事か? ……まあ、仕事柄な」
「仕事って、もしかしてスパイとか?」
「さてね」
 何とか冷静さを取り戻しつつ、彼は咳払いをした。
「それで? あんたの身体は一体どうなってんだ」
「乙女のカラダのこと訊いちゃうなんて、おじさんったら見た目通りデリカシーないのね!」
 答えたのは妹だ。彼はじろりと隻眼で彼女を睨むと、低く唸る。
「おじさんって程の歳じゃねえよ。……俺の名はレオン。エトリア執政院直属の兵士だ」
 鼻を鳴らして、赤髪の彼―――レオンは、街道を真っ直ぐ指差した。
「あんたらが目指していたとおりこの道を進めば、エトリアに着く。あんたらは何が目的で、エトリアを目指していた?」
「それって答えなきゃ駄目?」
「得体のしれないもんを街に入れるわけにはいかないんでね」
「んまーあ」
 妹はわざとらしく目玉をぐるりと回すと、人差し指を立てた。
「―――いいわ。エトリアに入れないと、姉さんもやられ損だもの」
「メル……」
 メルと呼ばれた妹は、小さな腕を組みながら続けた。
「あたしはメロペ。姉さんはエレクトラよ。あたしたちは当然、エトリアの世界樹の迷宮に挑みに来たの。でなきゃこんなド田舎まで、わざわざ足を運ばないわよ!」
 随分な言い草だ―――色んな意味で頭を抱えながら、レオンは応えた。
「エトリア樹海は七年前に踏破されている」
「そうなの!?」
「さらに言えば、今は執政院の意向で立ち入り禁止だ」
「ええー!?」
「田舎モンはどっちだよ……」
 姉妹は―――姉の方は青白い顔色ひとつ変えないが―――顔を見合わせた。
 雨足が強くなってきている。レオンは小さく溜息を吐いた。
「よし、じゃあ二人とも。このままだと俺が風邪を引く。とりあえずエトリアに入ったら、事情聴取だ。何故盗賊どもに追われていたかも含めてな。いいな?」
「大半の盗賊を殺したのはあなたじゃないの?」
「そういう話じゃねーよ。行くぞ」
 ぶっきらぼうに応じると、レオンは雨の中街道を歩き出した。


2.
 エトリアは冒険者の街“だった”。
 今は違うのかと問われれば―――“違う”と答えざるを得ない。七年程前に踏破され、発見され尽くした迷宮は、今は貴重な資源と見なされ、この街の執政院の管理のもとに置かれて許可なきものは立ち入ることができなくなっている。
 そんな静かな世界樹の迷宮に、奇妙な噂が立ち上っている。
「人影?」
 この街の冒険者御用達―――今はめっきり閑古鳥だが―――“金鹿の酒場”の女将は、樹海守に日替わりで立つ兵士たちの会話に、目を丸くしていた。
「そうなんだよ。つい最近、樹海の一番浅い階層に、人間みたいな二本足のやつがふらふらしてたって、トリーのやつが言っててさ」
「見間違えじゃなくて?」
「うーん、角を曲がったところで見失ったらしいから、よくは分からない」
 樹海探索の全盛期のように毎日百人単位の行き来があった頃でもあるまいし、立ち入りが許可制になった現在、樹海守の兵士が立ち入り者のことを把握していないはずがない。
 それでもそんな話をちらほらと耳にしていたので、女将ことサクヤはずっとそのことを胸に置いていた。
 何故だか、良い予感はしなかったからだ。
 そしてこれは女の勘というやつで、よく当たるのである。


「雨、やまないわねえ」
 今日も今日とて、よく降る一日だった。
 毎日酒場のカウンターに立つ身だと、店内のじめじめとした空気は歓迎できないものである。湿気は勿論気分も滅入るし、客足も遠のくから。
「こんばんは」
「あら」
 来客を告げる鐘の音に振り返れば、珍しい顔が立っていた。朗らかな笑みを浮かべてサクヤに挨拶したのは、質素な装いの茶髪のうら若い女。そうは見えないが、この街唯一の医療機関である施薬院の、若き院長代理だ。
 彼女は折りたたんだ傘を傘入れに預けて、自分の背後にいた小さな人影を促す。
「ほら、マオ」
「こ、こんばんは」
 ぴょこんと赤毛の頭を出したのは、彼女の息子だ。両手に足るほどの歳だったはずだが、しばらく見ない間に子供はすぐに成長する。
「こんばんは」
 サクヤは二人を、まだ客のいない店内に招き入れる。おっかなびっくりな子供が足を踏み入れるにはまだ早い場所だが、目的はサクヤには分かっていた。
「待ってて、アリルちゃん。依頼の品でしょ? すぐに持ってきてもらうわ」
 奥にいる店の者に呼びかけ、サクヤは二人にカウンターの椅子を勧めた。にこにこしながら座る母親―――アリルに、まだ緊張している風なマオ。二人の様子に微笑みが漏れる。
「マオくんを連れてきてくれて嬉しいわ。お客もいないし、ゆっくりしていって頂戴」
「ふふ、今日は施薬院も平和だったのよ」
 冒険者でにぎわっていた頃は、施薬院もてんやわんやだった。怪我人がひっきりなしに訪れ、そのうちの少なくない数が帰らぬ人となる。そんな嵐のようだった時代も、過ぎ去れば静かなものだ。
「この街も人が少なくなったわね……」
 酒場に人がいなくなる、それはとても寂しいことだが、エトリアに限っては時代の流れなのだろう。
 きょとんとする我が子を穏やかに見つめるこの女性も、かつては冒険者だったのだ。
「そういえば、旦那さんは?」
 アリルの眉がぴっと上がる。
 余計なことを言ったかしらとサクヤが自戒するより早く、アリルは溜息を吐いた。
「一週間前には帰るって聞いてたんだけど」
「まだなの?」
「とうさん、なにかあったんだよ」
 真剣な顔で父親を擁護するように訴える少年に、アリルは小さく笑みを漏らした。
「そうね。でも大丈夫よ、いつものことだから」
「近頃、この界隈もまた物騒になっているみたいね」
 盗賊が増えていると聞いた。心配するつもりでそう呟いたが、彼女は苦笑するばかりだ。
「―――そういえば、樹海の方でもおかしな噂を聞いたわ」
「えっ、どんな?」
 マオは瞳をきらきらさせて、身を乗り出してくる。
「こら」
「うふふ、男の子はやっぱり世界樹のお話が好きね」
 母親が困り顔をするのをよそに、マオはこくりと頷いた。
「ぼく、しょうらい冒険者になるんだ!」
「この前海の本を読んだときは、航海士になるって言ってなかった?」
「冒険者でも航海士になれるよ。それで、せかいじゅうを旅するんだ!」
「お父さんみたいに?」
 大きく頷くマオ。
 一方で、アリルは複雑な表情だ。
「お医者さんになるって、勉強も始めたばっかりなのにね。またこんなこと言って……」
「何にでもなれるよ。勉強、やればすぐできるようになるし!」
「まあ」
 目を丸くするサクヤに、アリルは眉をひそめたままで説明する。
「本当なの。一度読めば本の内容はすべて覚えるし……今も、学校では倍以上の年齢の子と一緒の学級で学んでいて」
「えっ?」
「それも、学校教育で教えることはほとんど習得しているって、先生が……」
 困惑した様子の母親に対し、マオは得意げな顔だ。
「エトリア以外の学校も見てみたいな。もっと、いろんなこと勉強したいし!」
 サクヤは目をしばたく。
 すると、店の扉が慌ただしく開いた。
「いらっしゃ……あら」
 兵士だ。彼は咳き込みながら、アリルの側に向かっていく。
「先生、ここにいらっしゃると聞いて……」
「どうしました? 急患?」
「そう……だと思うんですけど」
 歯切れの悪い兵士の口ぶりに、サクヤはアリルと顔を見合わせる。兵士は混乱した頭を整理するように、ゆっくりとこう続けた。
「樹海の……中から、人が出てきたんです。傷だらけの……入樹記録のない人物が」
 ますます要領が掴めない、といった表情になるアリル。
 兵士はもつれる舌で必死に言葉を紡いだ。
「と、とにかく、施薬院にお戻りください。他の先生が診てくださってますけど、その……」
「分かりました。……サクヤさん、申し訳ありませんけど、また」
「ええ……またゆっくりいらしてね。マオくんも」
 ばたばたと去っていく彼らを見送りながら、サクヤは胸中に湧き上がるもやもやとした予感を感じ取っていた。


 一方その頃、執政院の情報室では―――件の桃色姉妹の取り調べが行われていた。
 頬杖をつきながら、姉妹の供述書面を渋面でさらう隻眼は、ふと胡乱げに二人を見た。
「エレクトラ・ドハ、二十一歳……はとにかく、メロペ・ドハ―――」
「十八歳、よっ!」
 どこからどう見ても“幼女”である妹、メルはそう言いつつ胸を張る。レオンは半笑いで頬を掻いた。
「十八ならもうちょい成長しててもいいだろ」
「あっ、今どこ見ながら言った? スケベ!」
「で? 何しにエトリアに来たって?」
 ペン先をエレクトラに向ければ、彼女は無表情でぽかりと口を開けた後―――開けただけで、何も言わない。
 メルが手を振りながら割って入ってきた。
「あー、ダメダメ。姉さんたら動いてないとすぐぼーっとなっちゃうから。質問にはあたしが答えるわ。……で何だっけ、エトリアに来た理由?」
「ああ」
「さっきも話したけど」
「それの意味が分かんねえっつってんだよ」
 ばさりと調書を投げ出して、レオンは頭の後ろで手を組んだ。机を蹴る。
「―――“世界樹に呼ばれた気がしたから”って何だ!? 登山家じゃねーんだぞ!?」
「だって、姉さんがそう言うんだもの」
 ねえ、とオレンジジュース―――道中駄々をこねてレオンに買わせたものだ―――を啜りながら、メルは姉を覗き込む。エレクトラは再び口をぱかりと開けると―――今度は話しだした。
「世界樹の中から、誰かが呼んでいる……近くに来て、よりそれを感じる……」
「だから何がどうやって呼んでるってんだ」
 レオンは世の中の人間に比べて、散々不思議なことを体験してきた方だろうが、そんな数奇な人生を振り返っても、こういうことを言う“不思議な”奴がいなかったわけではない。そしてそれは大抵、思い過ごしとか、冒険者に多いようにちょっと頭のどこかがイカレてる連中なのだ。
 が、まれにそんな単純に片付けてはいけない奴らもいるということを、レオンは知っている。だいいちバカバカしいと切って捨てるのは浅はかだと断言できるような、明らかな現実を目撃しているのだ―――首を断たれたエレクトラが、甦るさまを。
「……その、あんたが死んでもすぐ生き返るのと関係してるのか?」
 低く問えば、しかしエレクトラはかぶりを振った。
「分からない」
「おーいー」
「姉さんは生き返ってんじゃないわ。“死なない”のよ」
「一緒だろうが」
 また口を挟んできた妹をうるさく見やれば、心外だとでも言いたげにメルは小さな肩を竦める。大人びた動作だが、姿かたちこそそこいらで人形遊びに興じる少女とそう変わりなく見える。
「全っ然違うわよ。死なないってことは、身体に仮に死ぬだけのダメージを負っても、すぐ回復できるってこと。つまりそれを可能にする何かが姉さんとあたしにはあるのよ」
「……おまえも不死だってか?」
 その可能性は考慮していなかった。眉を寄せて問えば、メルは首を振って否定する。
「いいえ。でも姉さんが死なないのは、あたしがいるから。あたしが近くにいると傷は治りやすいし、遠くにいると回復が遅れる。そしてあたしの身体が八歳から成長してないのは、多分そのせいなの」
「成長してない?」
「言ったでしょ、十八歳だって」
 メルの言を信じ、身体が少女のころから十年間成長していないのだとすれば、確かにつじつまは合う。
 だが最も根底から疑問に思うことが、まだ解消できていない。レオンはそれを口にする。
「何でそんなことになってんだ?」
「分かんないのよ! 分かんないから、この街に来たんじゃない!」
 両手を広げて主張するメル。レオンは渋面を返した。
「ンなこと言われても、エトリアに不死だの身体の成長が止まるだの、おとぎ話みてーなことは……」
 言葉を紡ぎつつ、レオンははっとする。その表情の変化を敏感に捉え、メルが身を乗り出してきた。
「その反応じゃ、心当たりあるのね!?」
「……あるっちゃあるが、俺がそれに詳しいと思う人物は、十年近く前に亡くなっている」
「ええっ」
「だが、世界樹に関係しているのは確かだ」
 メルは身を乗り出したまま、レオンを見据えている。
「じゃあ、世界樹の迷宮に行けば……!」
「だから、あそこは今許可者以外立ち入り禁止だっつの」
「許可してくれれば済む話でしょー!?」
「そうほいほい余所者に許可が出せるか! だいたいお前らの話も信じられるかどうか怪しいところだっつーのに!!」
「何よそれ! 女の子の秘密を根掘り葉掘り聞いておきながら必要なくなったらポイするってこと!?」
「誤解を生むような発言すんな!」
 テーブル越しににらみ合った瞬間、部屋の戸が勢いよく開いた。
「レオン、ちょっといいですか」
 入ってきたのは眼鏡の男―――オレルスだ。彼を向きながらレオンは席を立つ。
「何かあったのか?」
「あっ、ちょっと話はまだ―――」
「お嬢さんたち」
 レオンは振り返ると、念を押すように続けた。
「おまえらの“秘密”は俺が責任もって預かっておく。こっちの結論が出るまで、しばらくエトリアの街で大人しくしてろ」
 

 アリルが施薬院に戻ると、同僚が病棟の廊下に備え付けているベンチに座り込んでいた。近づいた彼女に気づいて上げられた、ひどく悪い顔色に、アリルは眉をひそめる。
「ウィンデール君、何があったの?」
 ウィンデールはオールバックの額を撫でつけながら―――動揺を押さえつけようとするように―――乾いた声で応じた。
「樹海の中から……人が出てきた」
「うん、聞いたわ。ウィンデール君が手当してくれたんでしょ?」
 第一階層のごく浅い階で保護された彼―――男、らしい―――は、ほとんどぼろきれだけを纏った状態で倒れているところを発見されたそうだ。が、幸い外傷は軽い打ち身や擦り傷だけだったらしい。それよりも疲労の色が濃く、今はウィンデールが背にする壁の向こう側の病室で、眠っていると報告を受けている。
 ウィンデールはしかし、手指を固く組み、思い詰めた表情をしている。
 アリルは彼の隣に腰を下ろした。
「……何かあったの?」
「十年前……は、僕たちも樹海にいたよな」
「え?」
 唐突な言葉に、目をぱちくりとしつつも、アリルは答えた。
「冒険者だったってこと?」
 ウィンデールは頷く。
「……僕が最後に所属していたギルドのこと、覚えてる?」
 アリルは少し返答を躊躇った。
 アリルとは違うギルドに所属していたウィンデールは、最後の探索で仲間を多く失っている。彼自身、そのとき右足首から先を失い、二度と樹海に行けない身体になった。いわゆる全滅という言葉が、彼らのギルド―――ヴァルハラの冒険の結末を表す全てだ。
 義足に目を落とすウィンデール。
 アリルは答えた。
「ヴァルハラのこと?」
「……そこにいた人たちのことも、覚えているか?」
 アリルはますます困惑した。
 するとその反応を予期していたかのように、ウィンデールは立ち上がると、病室の扉を開けた。中に入っていく彼を、アリルは訝りながらも追いかける。
 そして病室のベッドで眠る人の顔を見たとき、声を上げそうになった。
―――そこにいたのは、金髪の青年。
 ウィンデールが十年前樹海で失った、ヴァルハラの冒険者の一人と同じ顔があった。


3.
「……これに見覚えはあるか?」
 施薬院の病室。樹海で保護された男が目を覚ましたので、ウィンデールは早速彼に、古びたアタノールを見せていた。
「ウィンデール君、それは?」
 アリルが尋ねても、ウィンデールは男を食い入るように見つめるばかりだ。
 しかし、そのせいでアリルは気づいてしまった―――この、古いがともすれば使用できるほど大切に保存されていたアタノールは、“遺品”なのだ。
 だが、ベッドで上体を起こしている男は無反応だ。
 ウィンデールは諦めず声をかける。
「……ウルガって名前に聞き覚えは?」
 男はぴくりとも反応しない。
「じゃあオックスは? チヒロは、ヴィクトリア……そうだ、俺の顔に見覚え―――」
「ウィンデール君」
 身を乗り出すようにしていた同僚を諫めれば、彼ははっと我を取り戻したように、椅子に座り込んだ。
「ごめん」
 アリルは改めて男に声をかける。
「……お名前は? 何でもいいんです、覚えていることがあれば」
 答えはないかと思われたが、男は―――口を開いた。
 かすれた声が漏れる。
「名前は、バルドル」
「声が……」
 ウィンデールの驚きをよそに、アリルは続けて呼びかけた。
「バルドルさんですね。他には?」
「……なにも。頭が……」
 額を抑える男―――バルドルの様子に、アリルは、放心しているウィンデールに声をかけた。
「鎮痛剤持ってきて」
「え?」
「頭が痛いみたい。いい?」
「あ、ああ……」
 言われるがままウィンデールは外に出ていった。うずくまったバルドルを観察するように、アリルは目を向ける。
 アリルは、かつてのヴァルハラの人々のことをあまり詳しくは知らない。バルドルによく似た金髪の錬金術師がウルガという名で、彼は過去の経験から声を失っていたためけして話すことはなかった、ということくらいだ。
 特徴が一致するのは顔だけだ。だが、顔が似ているだけの別人なんていくらでもいるだろう。かつての仲間と同じ顔にウィンデールが動揺するのも無理はないだろうが―――
 アリルはそこで、痛みに耐えているバルドルが何かをぶつぶつと呟いていることに気づいた。
 耳を寄せる。
「……呼んでいる……世界樹、に……」
 行かなければ。
 鬼気迫るその様に、アリルは息をのんだ。


 施薬院の正面玄関の床に、マオはチョークを滑らせていた。
 興味を抱いた大人たちは、笑みを浮かべてのぞき込んでは、へんてこな顔になって去っていく。彼らが期待したのはきっと子供らしく夢に溢れた絵だったろうが、マオが描いているのは、執政院の図書室にあった、初歩的な力学の方程式だ。
 本を読んで覚えたことを、その日のうちに復習しておく。施薬院に勤める母が、その日の仕事を終えてここから出てくるまで、こうしているのがマオの日課だった。
 雨が降っているせいで、チョークの書き味が悪い。涼しくもなってきたので、そろそろ中に入って母を待とうか―――
 顔を上げたマオが見つけたのは、雨の中濡れねずみで立つ、奇妙ないでたちの男だった。
 長い黒髪を粗雑にくくり、細長い棒のような剣―――本で読んだ、あれは刀というものだ―――を右手にした男は、マオの緊張など微塵も介さぬ様子でずんずん近づいてくる。周りには、誰もいない。
「童」
「……はい?」
 大人を呼んでこようかと思ったが、切れ長の男の目に射竦められたようにマオは動けない。まるで蛇ににらまれたカエルだ。
「世界樹の迷宮の入り口は何処だ」
 問いというよりも詰問だった。
 操り人形になった心地で、マオは小声で「あっち」と言いながら、樹海の方向を指さした。両親に厳しく言われ、マオ自身は近づいたこともないが、樹海守の兵士がいつも行き来する方角は分かる。
「そうか」
 男はマオから離れた。その際視線も逸れたので、マオは思わずこう言ってしまった。
「でも、樹海には入れないよ!」
 戻ってきた視線に、マオはまた金縛りになった。
「―――樹海守がいるし、きょかされた人しか入れないって、おとうさんが……」
 皆まで聞くことなく、男は雨の中、マオが指した方向へ足早に去っていった。


「ったく、ホントに田舎街ねー」
 メルとエレクトラは一旦解放されたものの、手持無沙汰には変わりなく、結局レオンに言われたとおりエトリアの街を行くあてなく散策していた。
 とはいえ雨が降っているし、そもそも見回るには街自体が小さすぎて面白味がない。今日泊まる宿こそ決めたものの、冒険者だと名乗ると渋い顔をされたのでそのうち追い出されそうだ。もしかしたら正規に冒険者を登録し、管理する機関があるのかもしれない。が、そういうものもレオンに頼らねば見つからないくらいには、冒険者制度は廃れてしまっているのだろう。
「こんな調子で、ホントに世界樹の迷宮に入れるのかしらね、姉さん。……姉さん?」
 エレクトラが立ち止まり、一点を注視していたことに気づいて、メルも足を止めた。
「何かあるの?」
 エレクトラは答えず、その路地裏へと入り込む道を選んで進んでいった。メルは何も言わず後を追う。姉の奇行はいつものことで、奇行には必ず原因があることを、これまでの長い旅路で理解しているからだ。
 エレクトラは次第に街外れに向かっていた。
 やがて宿舎と思しき建屋を通り過ぎ、林へ向かう道を直進したところで、メルは直感した。
「もしかして、世界樹ってこっちにあるの?」
 エレクトラは答えず、ただ一度だけ頷いた。
 それで十分だ。
 やがて視界の前方、地面の割れ目のようにぱっくりと開いた隙間から、緑の森が覗き始めた。その異様な風景に息を呑みながらも、メルはさらに驚き目をみはる―――森の入り口の近くに立つ紅色の光の柱、そのそばに兵士が二人倒れている。
「ちょっと!」
 血の海こそなかったものの、二人の兵士は二人とも、両足を折られて横たわっていた。反応がないので血の気が引いたが、意識を失っているだけらしく、外傷の程度から判断するに命に別状はないとみられる。
「何があったんだろう……姉さん?」
 エレクトラはじっと、地面の割れ目を見つめ続けている。
 やがてそのまま歩を踏み出したので、メルはぎょっとした。
「ちょ、ちょっと、姉さん! だめよ!」
「駄目? なぜ」
「な、なぜって……立ち入るには、許可が……」
 尻すぼみになるメルに、エレクトラは始終不思議そうに首を傾いでいた。
「私たちは、世界樹に呼ばれて来た。だのに、誰の許可がいるの?」
 姉の、幼い子供のように澄み切った瞳がメルを真っ直ぐに捉えている。
「……そうね。それも、そうね」
 二人の兵士は気の毒だが、誰かが見つけてくれるだろう。
 メルはエレクトラを追って、樹海の中へと足を踏み入れた。


 地下だというのに、地上の雨をものともしない明るさが、視界の緑を照らし出している。
「これが、世界樹の迷宮……」
 幾人もの冒険者によって踏み固められ、緑を失った道を進んでいく、メルとエレクトラの二人。
 もしかすると、この森はエトリアの街そのものよりも広いのかもしれない。迷宮と名の指すとおり、迷路になっていて、いたずらに進めばもう二度と出られないのではないだろうか……そんな言いしれぬ不安が、メルの小さな胸によぎる。
 だが、エレクトラは何かに導かれるかのように、迷いない足取りで道を選び続けていた。それならやはり、世界樹に“呼ばれている”こと自体は間違っていないのかもしれない。メルは少し勇気を取り戻した。
「ひえっ」
 唐突に横道から飛び出してきた巨大なモグラに、メルは息をのんだ。
 魔物だろうか。見たことのない種だ―――こちらに突撃してきたそれは、エレクトラが構える剣に斬り伏せられるよりも早く、まっ二つになって地面に叩きつけられる。
「へっ?」
 魔物が飛び出してきた横道から次に現れたのは、長いぼさぼさの黒髪を頭の後ろにしばった、半裸の男だった。
 よもやまた変態か、とメルは身構えたが、それ以上に、全身無数に刻まれた大小様々な傷跡と、何人も屠ってきたような鬼の目つきに言葉を飲み込んだ。メルがエレクトラの背後にさっと隠れると、しかし男はちらりとこちらを見た後、興味を無くしたかのように元来た道に戻ろうとする。
 慌てて、メルは呼びかけた。
「待って! 入り口の兵士をやったの、あなたでしょう!?」
 男は足を止めると―――応じた。
「殺してはおらぬ」
「そういう問題じゃなくて―――ええと、別に責めるつもりじゃないの。むしろ、あたしたちも迷宮に入りたかったから。ありがと」
 また一歩進む男の足を止めるべく、メルは必死に続ける。
「さっきみたいな魔物がまだうようよいるんでしょ!? ね、良かったら組まない?」
「拙者に仲間は要らぬ」
「そう言わずに……」
 会話をしながら走り、彼の前に回り込んだメルは―――自分の目の前に差し込まれた切っ先に、悲鳴を上げる。
「ひゃっ!?」
「……女の上、童か」
 刀をメルの鼻先に突きつけていた男は、剣呑な視線だけを背後のエレクトラ―――レイピアの先端を、男の背にまっすぐ掲げている―――に向けた。
「童は斬らん。だが、男女の隔ては生憎していない」
 言い終わらぬうちに、背後に向けて高速で刀を振り切った。
 男は、確かな手応えにか一瞬動きを止めた―――が、勢いよく地を蹴ると、跳びずさる。
 とっさの回避は、エレクトラのレイピアの軌跡を、間一髪免れていた。エレクトラは剣を握ったまま斬り落とされた右手を、左手で支えていた。レイピアの切っ先と視線は男に向けたまま、切断された右腕を元の位置にくっつけようとしているので、微妙に上手くいかないらしい。
 男は何も言わなかったし表情も変わらなかったが、驚愕しているはずだとメルは確信していた。
「あっ、だめだ」
 今の攻防のうちに、男が向かおうとしていた横道の先を確認していたメルは、二人に聞こえるようにあえて大声で言った。
「―――行き止まりだ、一本道だったけど引き返さなきゃ! 姉さん、世界樹は何て言ってた? 姉さんの勘も意外と大したことないかも!」
「その身体……」
 メルの声によって緊張の糸がたわんだか、男は低く呟くと、ぱちんと刀を鞘に納めた。やはり冷静なように見えて、彼も混乱しているのだろう。
「情報が要る。詳しい話を聞かせろ」
「いいよ! でも、あなたのことも聞かせてね」
 上手くいった。
 内心冷や汗をかきながらも、できる限り友好的に見える笑顔で、メルは応じた。


 執政院は大わらわだった。
 樹海守の兵士に危害を加えて、樹海に侵入した輩がいるとの一報が入ったからだ。
 問題は、被害者の兵士曰く「一瞬すぎてなにがなんだか分からなかった」らしく、犯人の顔を誰もマトモに見ていないことである。犯人が既に街に戻ってきている可能性もあり、樹海磁軸を使って各階層をくまなく探す時間も人員も惜しい。
「ったく、どうなってんだ?」
 施薬院に入院している兵士たちの証言をとったあと、レオンはその廊下を大股に歩いていた。
 執政院に戻るため表玄関に向かえば、小さな影が駆けてくる。
「とうさん!」
「マオ」
 飛びついてきた幼い息子を、しかしレオンはひょいと引きはがした。
「悪いな、帰ってきたのはいいがまだちょっと用事があるんだ。大人しく待―――」
「ちがうんだ! その……」
 それでもレオンにしがみつきながら顔を上げた彼は、みるみる翡翠の瞳に涙を溜めていく。レオンはその頭をぽんぽんと叩きつつも、淡泊にあしらう。
「話はあとで聞いてやるから」
「とうさんってば!」
 マオはいつになく必死な様子で、歩こうとするレオンの膝元にすがりついた。いつも聞き分けのいい彼のこの態度を訝りつつ、レオンは己の仕事を優先しようとする。
 が、あまりに話を聞こうとしない父親にじれたのか、マオはついに火が点いたように、大声で泣き喚きだしてしまった。施薬院の視線が集まるのを感じる。こうなっては仕方がないので、レオンはマオを抱き上げた。
「なんだなんだ、今日はどうしたんだ一体」
「っ、とうさん、ぼくの、せいで」
「せいって何が?」
「兵士さんたちが、ひっく、けがしたみたい」
「うん?」
 重傷を負った樹海守の兵士は施薬院に搬送されたので、マオは正面玄関付近にいたのなら、彼らが運ばれてくる様子を見ていたのだろう。しかし「ぼくのせい」という部分がよく分からず黙っていれば、マオはたどたどしく続けた。
「変な、おじさんに、道、聞かれて」
「道?」
「樹海へ、の」
 レオンは納得した。
 マオは兵士を襲った犯人に、樹海までの道案内をしていたのだ。
 泣きじゃくる子供の顔を覗き込む。
「おまえのせいじゃないさ。たまたま道を聞いた相手がおまえだっただけの話だ」
「で、も」
「それでも自分のせいだと思うなら、痛い目に遭った彼らのために、何ができるか考えろ。おまえがやれるのは、ここでピーピー泣くことだけか?」
 言われた瞬間、マオは真っ赤に潤んだ目から、涙がこぼれるのを必死で耐える。
 レオンは彼を床に降ろすと、その両肩を掴んで目をのぞき込んだ。
「どんな奴だった?」
「黒い、かみで、長くて……カタナ持ってた。あと、なんかハダカだった」
「ブシドーか……」
 半目で額を抱えると、レオンは息子の頭を強引に撫ぜてやった。
「よし、おまえはとても良いことをした。これ以上におまえが出来ることはない。だから、施薬院の中で父さんか母さんの仕事が終わるのを大人しく待ってろ。いいな?」
「うん」
 最後に軽く額にキスすると、近くにいた看護士にマオを託して、レオンは再び扉に向かった。
 だが施薬院を出る直前、大声で呼びかけてくるウィンデールに足を止める。
「どうした? おまえまで血相変えて」
「っ……樹海から、人が出てきたって話、聞いたか?」
「ああ」
 実物を確認してはいないが、軽い報告は受けている。生返事を返せば、ウィンデールは上がっている息を整えながら続けた。
「いなくなったんだ」
「あ?」
「だから、施薬院の病室から、いなくなったんだよ! 目を離した一瞬の隙に!!」
 レオンは頭を抱えた。
「ったく、次から次へと……手がかりは?」
「“世界樹に行かなければ”って彼の譫言を、医師が聞いてる。高熱を出してた。雨の中フラフラしているだけで危険だ」
「……オーケイ、樹海だな?」
「執政院にも報告しておいてくれ、一応街の中はうちのスタッフが探してくれている」
「おう」
「どこに行くんだ?」
 扉を出たとたん、執政院とは逆方向に駆け出そうとしたレオンは、肩をすくめてこう答えた。
「装備を取りに」

【つぎへ】

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