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『世界樹の迷宮』シリーズ雑記。HPのごたごたも
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*SQ1本編B12Fまでのネタバレがあります

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「クルス、ちょっといいかしら」
 アクローネはいつもそんな剣呑な態度で、クルスを呼ぶ。
 クルスは幼い頃から、この従姉が苦手だった。あまり歳が変わらない割に偉ぶられるのも嫌だったし、事あるごとにクルスの兄や父を引き合いに出しては、クルスを非難するのにもいい心地がしなかった。
 彼女が自らお目付け役のように、クルスを追い回しているのは知っていた。それが彼女の望むことでもあり、またクルスの両親が望んでいることでもあるのだと。
 しかし、それでも。城に暮らしていた頃は、クルスもそれが普通なのだと思っていたのだ。アクローネに叱られ、彼女に認められるべく切磋琢磨することが正しいことなのだと。騎士団に入っても、根本のところは変わらなかった。
 だが、今は、違う。


「クルス、ちょっといいかしら」
「あまり良くないので、後にしていただけますか、アクローネ」
 シリカ商店でクルスを見つけた瞬間声をかけてきた彼女に、彼はそう切り返した。
 レオンとアリルが行方不明になり、既に半日が過ぎた。夜半も過ぎたエトリアの街はどこまでも静かで凄然としていたが、冒険者達だけが違う。
「そんなに忙しいの?」
 アクローネが眉をひそめる。これは恐らく、彼が武装していることに対してだろう。クルスは溜息を一つ吐くと、彼女に振り返る。
「樹海に入るための準備をしているんです」
「貴方が? どうして!」
「どうしてって……」
 呆れて言葉が続かない。その間に、アクローネがまくし立てた。
「貴方の仲間なら、私達が探しに行くって言ったでしょう? どうして貴方が樹海に行く必要があるの」
「……確かにキディーズにも手伝ってもらいますが、元々は僕達の問題です。自分達で仲間を探さないでどうするんですか」
「でも、疲れているでしょう? 休んだ方が……」
 アクローネは単純に心配しているのだろう。だが彼女には、仲間を案じるクルスの心までは見えていない。
「それは皆同じです。僕一人が抜けるわけにはいきません」
 早口にそう言うと、クルスはシリカ嬢が持ってきた探索道具を受け取り、早足でアクローネを通り過ぎ、戸外に出ようとする。
 アクローネがそれに追いすがった。
「待って。すぐ終わる話だから聞いて」
「だから一刻でも惜しいと―――」
「貴方のお父上にお手紙を送ったわ。貴方の現状と将来について」
 告げられた言葉に、クルスは思わず足を止めた。
「そんな、勝手に!」
「違うの。聞いて」
 声を荒げたクルスを制止して、アクローネも必死に弁明し始める。
「―――私は別に、無理矢理実家に貴方を送り返すつもりじゃないの。ただ、騎士団にはまだ貴方の籍がある。このまま冒険者を続けるつもりならば、そちらは削らないといけないでしょう?」
「アクローネ……」
 店から出た二人は、薄闇の中向き合う。クルスより少し背が低いアクローネは、彼を見据えるように視線を上げた。
「貴方に相談してからにしようと思ったけれど、貴方は私の話を聞いてくれないでしょう? ……勝手にそうしたのは悪かったわ」
「籍はもう抹消されたんですか」
「いいえ。まだ、それも辞さないという書簡をお父上に送っただけ。決断は貴方に委ねるわ。もっとも、お父上が簡単に首を縦に振られるとは思わないけれど」
 クルスは黙り込む。
「―――決めなさい、クルス。冒険者を辞めて騎士団に戻るか、騎士団を辞めて冒険者を続けるか。中途半端でいるのは、誰に対しても迷惑だし、失礼よ」
「僕は……」
「今すぐにとは言わないわ。さ、お仲間が待っていらっしゃるんでしょう? 行ってきなさいな。私もすぐに行くから」
「はい」
 クルスは殊勝に頷いた。
「続きの話は、彼らが見つかってからにしましょう」
 言い終えると、アクローネは踵を返し、何処かに去っていってしまった。
 すぐにそこからは歩き出せず、クルスは立ち尽くす。
「騎士団を、辞める……」
 予想していなかった道ではない。いや、常に念頭にあったことだろう。だが、今まで意図して意識しなかっただけの話だ。
 正直に言って、そこまでの勇気を彼は持てていなかった。まだ自分は自分に甘いのだ、と思う。父やアクローネの支配から逃れたいのならば、最初から自分の退路を断ってくれば良かったものを。
 クルスはかぶりを振った。今重要なことは、そんなことではない。まずはレオンとアリルを無事に助け出すこと、全てはそれからだ。
 彼は夜闇の中を、樹海の入り口に向かって歩き出した。


 扉を世話しなく叩く音に、レオンは目を覚ました。
 頭が音と呼応するようにガンガン痛む。吐くほど飲んだ記憶はないが、無事に街に帰ってこられた昨晩調子に乗ってしまって、ほとんど寝ていないことは思い出した。
 木窓は閉まっている。仲間の姿はない。夜中のままということは考えにくいので、恐らく太陽はとっくに昇ってしまっているのだろう。
「はいはい、開けますよ……」
 掠れた声で呟き、レオンはよろよろと扉に向かう。たゆむ様子のないノックに、苛立ちが募っていた。
「うるせーっての! さっきから一体―――」
 扉を開けざまに怒鳴ったレオンは、目を丸くした。
 そこには彼と同じようにぽかんと口を開けて、ノックしていた形のアクローネが固まっていた。

 部屋のドアの前で立ち尽くして、レオンは耳を塞いでいた。
「信じられないわ! あの子ったら、また私との約束を破るなんて!」
 アクローネは先からずっと、この調子である。
 話の端々から、彼女がクルスに会いにここまで来たのだということは分かった。どうも自分が行方不明になっている間に、彼との間に一悶着あったらしい。レオンたちが見つかって一件落着したのを期に、家出同然で樹海に来ているクルスを連れ帰ろうとしているのかと思いきや―――どうも、そうでもない様子だ。
「せっかく、お父上から書簡が届いたというのに……」
 白い筒を抱えているアクローネは、嘆くようにそう言って頭を抱えた。
 クルスは貴族の生まれ故、普通に息をしているだけでもなかなか複雑な事情を持っている。それが跡継ぎ問題とか政治取引とかのややこしい話なのかどうかはレオンは知らないし、興味もない。揉めるなら勝手に揉めてくれ、俺はとりあえず寝たいというのが今のレオンの心情だった。
「渡しといてやろうか? ソレ」
 今はアクローネを追い返すのが一番手っ取り早い。レオンが声をかけると、アクローネは睨むような目を彼に向ける。
「貴方に?」
 彼女はまじまじとレオンを観察すると、深いため息をついた。
「結構よ」
「何か腹立つな……」
 レオンは頬を引き攣らせる。
「仕方ない。出直すわ」
「揉めるんなら外でやれよ。騒がしいのはごめんだ」
 手をひらひら振りながらそう言うと、アクローネはきっと眦を吊り上げた。
「元はと言えば、あなたのせいなのよ!」
「はあ?」
 思いもよらない一言に、レオンは眉を上げる。
「あなた達がギルドを作ったりするから、クルスは……」
 アクローネは何かをまくし立てようとしたようだったが、急に口を閉ざした。
「……やっぱりいいわ」
「何だよ? 文句があるならはっきり言え」
「言わない。言っても解決しないことは、口にするだけ無駄だから」
「あんたがそれを言うかね……」
 アクローネはぷいと顔を背けると、廊下を歩き出し、そのまま階段を降りていってしまった。
 レオンは大きく溜息をつくと、後ろ手に部屋の扉を閉めた。
「オイ、もういいぞ」
 誰もいない室内に声をかける。
 と、真ん中のベッドのシーツが揺れ、ベッドの下から金色頭がぬっと現れた。
 クルスは乱れた前髪の間から、驚き瞠った目をレオンに向けた。
「気付いていたんですか?」
「ドアを開けたときくらいからな」
 レオンは大欠伸をすると、ベッドの下から這い出すクルスを尻目に自分のベッドに倒れ込んだ。
「全く、いい迷惑だぜ。こっちは疲れて寝てたってのに」
「寝過ぎですよ。もう夕方ですし」
「夕方? ああ、どおりで腹減ってるわけだ」
 食欲を優先すべく、レオンは再び起き上がる。正面のベッドに、俯いたクルスが座り込んでいた。
「訊かないんですね」
「うん?」
「どうして僕が、アクローネから隠れていたか」
 レオンは頭を掻くと、素っ気なく言った。
「興味がない」
「そうですか……」
「訊いてほしいのか?」
 逆に尋ねると、クルスは首を横に振った。
「いえ。訊かないでいて欲しいです」
「なら、問題ないな。よし……飯食いに出るか。お前、どうする?」
「僕は……」
 クルスはちらと窓の外に目をやり、答えた。
「僕はもう少し、時間を稼いでからにします」
「そうか」
 レオンはそれだけ言うと、立ち上がり、さっさとその場を後にした。


 窓から見える空は数日の天気が嘘のような、快晴だった。
 クルスは目を閉じて嘆息した。
 こんな時、父母や兄なら、嘆きの雨がやんだと言って喜ぶだろうか。乾燥した風が運ぶ秋の気配を、言葉で飾り立て、一日かけて事細かく日記に書き記すのだろうか。
 城に暮らすというのはそういうことだ。平穏で頑強な箱庭の中で、世界に開いた目と耳を閉じて日々を過ごす。そこには退屈も刺激も、何もない。それが何なのか知る者が、そこにはいないからだ。
 そんな生活が嫌で、志を持って入った騎士団も、所詮は同じ箱庭の中の世界だったことに気付き、クルスは愕然とした。
 そしてお膳立てされた人生を、家の名を背負いながら進むことに抵抗するためには、そこから逃げ出す外はないと悟った。
 しかし逃げても逃げても、箱庭の中から伸びる腕は追いかけてくる。
 そして逃げ切ったとしても、そこに彼の目指していたものが、果たしてあるのかどうか。
 帰る気はない。だが、これ以上ここにいても何が出来るのかは分からない。
 結局結論を出すことは出来なかった。またいつものようにアクローネから逃げて、それを先延ばしにする。
 宿屋に背を向けて行くアクローネを見送り、クルスは窓から体を離した。
 

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