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『世界樹の迷宮』シリーズ雑記。HPのごたごたも
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※この話は、相互フォロワーさんの冒険者をお借りして、
 ほふが書き下ろした世界樹の迷宮5のファンフィクション短編です。
 世界観は無視してお楽しみいただけますと幸いです。

※最後にキャラクターをお借りした方のお名前を掲載しています。



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―――年末。
 それはアルカディアという遠い大陸の、アイオリスというさほど大きくも小さくもない辺鄙な街でも、分け隔てなく訪れる、寒さも増すばかりの季節である。
「へっくし!」
 盛大にクシャミをした派手な赤コートの竜騎士の男が、懐を探って、紙を一枚取り出した。
「あっ、これでハナかんじゃ怒られるな」
「待って、それ何?」
 彼の連れ合いである薬草師の少年が、目敏く人差し指を立てる。男の腰程度までしか身長のないブラニー族であるが、器用に全身を伸ばし、紙をひったくった。
「……『モチモチだヨ! 冒険者ギルド主催新年餅つき大会のお知らせ』……?」
「あーそれ。そうそう。今まさにやろうと思ってたんだよ」
 白々しく手のひらを打つ男に、少年は胡乱な目を向けた。
「リーダー、何を忘れてたの?」
「わ、忘れてただなんて人聞きの悪いな。ただ、年始は人が集まらないかもしれないから、それとなく、冒険者の皆の年末年始の予定と、餅つき大会の出欠を聞いてみてくれって、ギルド長に言われていたのを今まですっかり……ウッ、ごめんなさい」
 少年のあまりに冷ややかな目に、男は耐えきれないように顔を伏せる。
「年始なんて、もうすぐじゃないか!」
 しかめ面をした少年に、男は苦虫を噛みつぶした顔で応じる。
「そうだよ。どうしよう」
「どうしようって……うーん、今からアンケートを作っていても間に合わないし。知り合いに聞いて回るにも、そもそも僕たちそんなに友達いないし……」
「見事に今声が暗くなっていったな」
「もう、リーダーのせいだよ! 真面目に考えて!」
「あ。じゃあ、街頭インタビュー、なんてどうだ?」
 明るく言った男に、少年は肩ごと首を傾ぐ。
「インタビュー?」
「この街は冒険者の街じゃないか。アイオリスを歩けば必ず冒険者に出くわす。彼らに、話を聞いて回ればいいのさ!」
「ちょ……」
 早速、と歩き出そうとした男のコートを、少年は慌てて掴む。
「冒険者って言ったって、みんなきっと忙しいよ! 話を聞いてくれる人ばかりじゃないって!」
「でも、聞いてくれない人たちばかりだとも限らないだろ?」
 あっけらかんと言った男―――フェイに、少年―――セランはずり落ちた眼鏡を持ち上げた。
「……付き合うのは、今日一日だけだからね!」
「はは、ありがとな」
―――かくして、彼らのアイオリス行脚は始まった。


***

 とりあえずの大通りまでの道すがら、二人は冒険者とみられる二つの人影を発見した。
 一人はセリアンで、ハウンドのようだ。フェイが近寄っていって声をかけると、笑顔が返ってきた。
「ぼ……俺でいいなら、回答するよ」
 緊張しているようだが、人当たりの良い少年だ。
 一方で、道端に腰掛けたもう一人はじっと睨むように、フェイと少年のやりとりを見守っている。
 そのあまりの目つきの鋭さに、セランは思わずフェイの背中に隠れて、彼とハウンドの少年を交互に見やってしまった。
 おや、と気付く。目つきの悪い方の少年は、セスタス、つまりアースランなのだと思われたが、フェイと喋っている方の少年と目の色が同じだ。正確に言えば、二人ともオッドアイだが、その色味が同じで、左右の瞳の色が逆転している。
 もしかしてきょうだいなのかな、とセランがぼんやりしていると、セスタスの少年と目が合ってしまった。
「おい」
「は、はい!」
 彼はのっそりと立ち上がると、セランを見下ろした。
 セランは思わず身構えたが、セスタスの彼は不思議そうに首を傾ぐ。
「餅……ッてなんだ?」
 セランもきょとんとすると―――とりあえず、食べ物であることを説明する。
 ハウンドの少年も興味があったらしく、セランの説明を熱心に聞いていた。
―――餅つき大会の参加も検討してくれと告げて、二人と別れる。
「年末年始は、『カゾクで過ごす』んだそうだ」
 穏やかに笑うフェイに、セランも肩を竦めて応じる。
「みんなで餅つきに来てくれるといいね」
「そうだな。……と、もうひと組いるぜ」
 最初の二人からうまく回答を得ることができて興に乗ったのか、フェイは道端にいた彼らに近づいていく。
―――彼らもまた、二人組で、片割れはセリアンかつハウンドの少年のようだった。
 もう一人は見たことのない、変わった服を着ているアースランの少年だ。
「なんか用?」
 ぱっと前に出たハウンドの少年―――いや、声からして少女だ―――に、フェイが要旨を説明する。
 変わった服装―――というのもあんまりなので、刀を背負った赤毛の少年は、上目遣いに少し考えた後、こう答えた。
「年末年始なら、ギルドの連中と一緒かなぁ。……古巣の連中も、アイオリスに寄ると言っていたし」
 彼の回答の最中、少女の方はずっとそわそわしている。
 ネックウォーマーに隠れてあまり表情が見えないが、もしかして二人きりだったところを、邪魔したのかもしれない。
 早いうちに退散を、とフェイを見上げたところで、話題が餅つき大会に移った。
「モチツキ!」
 ぴこん、とセリアンの耳が立つ。
―――注目を浴びた少女は、こほんと咳払い一つ、落ち着いた声音で続けた。
「えーっと、オショーガツとかいう頃に、やるとか言ってたやつね」
「そうそう」
 少年が人差し指を立てる。少女は再び、目を輝かせた。
「面白そう。行こう行こう!」
―――ぜひ来てくれと言い置いて、二人と別れる。フェイが安堵の息を吐いた。
「実は俺も餅つきをしたことがないんだが、やっぱり男心をくすぐるよな……」
「リーダー、あのハウンドの子は女の子だよ」
「えっ」
 フェイは慌てたように振り返るが、二人は既に、大通りまでの人混みに紛れてしまっている。
「……リーダー、ぼろが出なくて良かったね」
「ま、まあ。あのくらいの歳の子は、どっちか分からない子っているよな」
 言い訳なのか何なのか、じじ臭いことを言いながら、フェイはそそくさと次の冒険者を探す。
 そこへ、ちょうど店から冒険者然とした若者たちが出てきた。
 セリアンと思しき少女は片耳に包帯を巻いている。あとは、ブラニーにしては背の高い、顔色の悪い少年。筋肉質で巨乳だが、舌にピアスが見えるアースランの女性。ピアスの彼女によく似た眼帯の男性―――と、一目声をかけるのを躊躇うような風体をした四人組だ。
 が、フェイはそんなことを意に介した風もなく彼らに近づいていく。
―――ケーキ屋から出てきたし、男女連れだから、と思ったのだろう。
 ところがどっこい。声から判明したのだが、彼らは四人とも男性だった。
「餅? ……聞いたことがないが、食材なのか。ふうん、新しいものを料理できるのは嬉しいな。何せ、みんなわがままだから……」
「あー分かる分かる」
 眼帯の男性の言葉に、料理が趣味のフェイが頷く。
「ギルドの皆が楽しめるのなら、喜んで参加するよ」
 包帯を巻いたセリアンの少女―――もとい少年が肩を竦める。意外にも、彼がギルドのリーダーらしい。ショーウィンドーに並んだケーキに、ずっと目がいっているようだが。
「ごめん、僕は年末年始は大事な人と一緒にいることを優先したいかな」
 そう言いつつも、こちらも上の空なのは顔色の悪い少年だ。
 そうか、とフェイが返事しようとしたとき、ずいとピアスの―――男性が顔を覗き込んでくる。
「力仕事があるなら手伝うから言ってよ。あ、イケてる男子女子が集まるようなら、なおよし!」
「イケてる……?」
 言葉の意味が分からないのか、首を傾いだフェイの背中を強引に押しながら、セランは礼を言ってその場を辞した。
「おい、セラン?」
「ご、ごめん……あの二つ括りの赤毛のお兄さん、なんだかやばい雰囲気を感じたから……」
 苦笑いを返しつつ、セランは素早く周辺に目を配る。
「あっ、次はあの人たちなんかどう?」
 セランは目敏く、フルーツジュースの出店の側に立っている、二人組の冒険者を見つける。
 冒険者だと遠目に分かったのは、冒険の必需品の入った紙袋を足下に置いているからだ。
 学士の雰囲気を持ったルナリアのウォーロックの青年に、セランは声をかける。
 高身長な彼は、突然話しかけてきたセランに少し面食らったようだったが、屈み込んで目線を合わせてくれた。
「年末年始……ですか。初めて意識しましたね」
 うーん、と虚空を見上げる彼の一方で、その連れ合いであるアースランのリーパーらしき青年は、今まで興味なさそうにジュースを啜っていたにもかかわらず、目を眇めた神妙な顔で「ねんま……つ……ねん、し……?」と唸っていた。まさかとは思うが、まるで単語の意味が分からない、といった様相だ。
 ところがそれに気付いたウォーロックの青年は、
「後でね」
 と眉を上げた笑みを浮かべた。どうやら、よくあることらしい、という雰囲気をセランは感じたので、話を戻した。
「ええと……年始に、冒険者ギルドが主催の餅つき大会があるんですけど。もしよろしければ、そちらのご参加もご検討下さい」
「ギルド……ですか。私の一存では決められないのですが、他の仲間とも前向きに検討してみます」
「はい、ぜひ……」
「ところで、日時や場所、参加費用、参加の意思表示の場合はどちらにすればよいかなど、詳しいことを教えていただけませんか」
「は、はいっ」
 よく見ると、ウォーロックの青年は買い物リストらしきものの裏にメモまで取っている。
―――セランたちが知っている情報をつぶさに引き出されたのち、手を振って二人と別れる。
「あのリーパーの人、なんだかよく分かってなさそうだったな」
 ふと振り返ったセランは、例のメモを見せながら、ウォーロックの青年が彼に解説をしている様子を見つけて苦笑いした。
「興味はあったみたいだけど―――わっぷ!」
 よそ見をしていたせいで、誰かに当たってしまった。
「ご、ごめんなさい」
「いや、余の方こそ不注意であった」
「へ?」
「……ごほん、すまない。気にしないでくれ」
 よく見ると、セランがぶつかった、藤色の髪を持つ青年もまた、冒険者であるようだった。マントを羽織っているためよく見えないが、その内側で翼が揺れているため、リーパーなのかもしれない。
「すみません。ぶつかってしまった縁で少し、お話を聞かせてもらえませんか」
 セランが申し訳なく言うと、彼はきょとんとしながらも、耳を貸してくれる。
 インタビューの説明する間、ふと遠くを見たり、目を閉じて考え込んだり、独り言を言っているようだった。
 訝しんだセランの表情を見てか、彼は「ああ」と柔和な笑みを浮かべる。
「考えるときの癖でね。気にしないで欲しい。……餅つき大会……か。喜んで参加させてもらうよ」
「ありがとうございます!」
「話には聞いたことはあるけど、実際に自分でつくのは初めてだ、餅」
 そこで彼は再び虚空を見やると、「人前でそんなことできるわけないでしょう」と独り言を言った。
 セランはフェイと顔を見合わせる。
―――礼を言い、彼から離れた後で、フェイがぼんやりと言った。
「なんか、変わった人だったな」
「彼が立っていたあの店、アクセサリーショップだったよ。きっと誰かにプレゼントを買おうとしていて、真剣に悩んでいるところにぶつかっちゃったんじゃないかな。悪いことしたなあ」
「だいぶ人の多い通りに入ってきたからな。お、あの二人はどうだ?」
 フェイが向かう先にいる二人組は、男女だった。
 あちゃあ、とセランは額を抱える間もなく、慌てて彼を追いかける。
 二人とも背が高く、耳が尖っている。ルナリアだ。
 女性の方は長い金髪が映える色白で、男性は一方で色黒い。若く溌剌とした女性に対し、黒髪の男性は目を合わせると微笑み返してきたものの、どこか不安になる目つきをしている。何だか、対照的な二人だ。
 セランが近づくうち、インタビューが始まってしまった。フェイの言葉に、女性が手を打つ。
「餅つき大会ですって! ぜひ参加したいわ」
 女性は冒険者だが、男性はその付き添いであるらしい。とはいえ、餅つき大会については思案してくれたようだ。
「年末は『仕事』が忙しいので……ああでも、とても興味深いですね」
「でしょう?」
 女性が花咲くように笑う。
 男性はそれに笑い返すと、フェイとセランを交互に見た。
「寒いのに、お疲れ様です。インタビュー、沢山回答が集まるといいですね」
―――そうそう、人が集まる場所には気をつけて。
 そう言い残し、男性は連れの彼女の肩を抱いて去って行く。
 その姿が見えなくなってから、セランはフェイを睨んだ。
「まさかカップルに突撃するとは……」
「だ、だめだったか?」
「そんなことより、さっきの男の方。肩のマークに見覚えがあるんだ。悪い噂のつきないギルドの所属だよ」
「でも、いい人ぽかったぜ?」
「ああいうのは総じて物腰柔らかく接してくるの!」
「だってほら、俺たちのは狙ってこなかったし」
「……は?」
 ぽんぽんと懐を叩いて、フェイはにやりと笑った。
「あんまり入ってないのがバレてたかな」
「……よく分からないけど、そろそろ次の場所に行こうよ」
「待て待て、あとひと組くらい……」
「ねーねー! 面白そうなことやってるね!」
 鈴を転がすような声。セランたちが振り返ると、目を輝かせた少女が二人、立っていた。
 地図を持っているので観光客かと一瞥したが、よく見ると冒険者のようだ。紅色のマフラーを巻いた、茶髪のポニーテールの少女。もう一人は、燃えるような赤髪の、ネクロマンサーの装いの少女だ。
 冒険者なら、と、セランは二人に餅つき大会の事を説明する。
 年頃の少女たちらしく、二人はセランたちそっちのけでしばらく盛り上がっていた。セランはフェイと顔を見合わせて、笑う。
「噂には聞いたことあるよ、餅つき! あたし、一度やってみたかったんだよね~」
「ボクも興味ある!」
―――しばらく二人で相談した後、ポニーテールの少女の妹を誘って、三人で参加する、という結論に達したらしい。妹御の了解は得なくていいのか、とセランは胸中で思案しつつも、三人の参加を歓迎する旨を伝える。
「二人のその地図は何なんだ?」
 少女たちが大事そうに手に持ったままのそれをフェイが指摘すると、ポニーテールの少女が胸を張った。
「ずばり、手作り『アイオリス食べ歩きマップ』!」
「ボクのオススメはここ! このケーキ屋さん、フィナンシェも超美味しいの! あとねえ、こことここの……」
 セランよりも背の高い彼女たちが見せてくれた、色鮮やかな地図を眺める。先程、インタビューした男性四人組が出てきた店だ。
「良かったら一緒に食べ歩きしようよ!」
 二人がそう言って誘ってくれるのを固辞し、セランたちは人混みを抜けて、彼女たちと別れた。
「はあ、女の子のパワーってすごいね」
「菓子の名前が呪文みたいだったな。まあ、ああいう元気な子が参加してくれると、きっと盛り上がるさ」
 気付けば、人通りが増えすぎて、立ち止まってインタビューするのは少し迷惑なほどになっている。
「―――一端、休憩するか」
 フェイの提案に、既に疲労困憊のセランは大きく頷いた。


 まだ明るい時間だが、『魔女の黄昏亭』は賑わいを見せていた。
「そもそもこの酒場、冒険者ご用達なんだから、ここでインタビューすればよかったんじゃない?」
 カウンター席を陣取り、世界樹の新芽茶をストローで啜るセランに、フェイは肩を竦める。
「でも、営業妨害じゃないか?」
「二、三組なら許されるよ。例えば……」
 冒険者だと確実に分かるのは、酒場の掲示板に張り出された依頼書を、吟味している人々だ。
 今も独り、掲示板を熱心に眺めている、金の短髪にパーカー姿の若者がいる。背格好からして、やや小柄だが、アースランの少年だろうか。
「よし。じゃあちょっと行ってみよう」
「ちょ……」
 フェイは立ち上がると、そのままパーカーの少年に話しかけに行ってしまった。相変わらずのフットワークだ。セランは慌てて新芽茶を飲み干すと、彼の後を追う。
「インタビュー? いいぜ! 何のやつなんだ?」
 初めは警戒していた少年だったが、主旨が判明すると笑みを浮かべた。ギルドの休日だと言っていたが、休みの日にも酒場で依頼を見に来るとは真面目な性格なのだろう。
「年末年始か……ギルドメンバーの奴らも帰省とか……しないだろうし。みんなでゆっくりするかな」
「なら、ちょうど良かった」
 フェイが餅つき大会の説明をする。少年は「初めて聞いた」と驚いていたが、興味を持ってくれたようだ。
「行きます。出不精なやつは引きずってでも行きます」
 どうも、真面目そうという印象は間違ってなさそうだ。もしかすると、彼のところはギルド総出で来てくれるかもしれない。そんな予感があった。
「―――実はアイオリスに来て、初めての年越しなんだ」
 少年は少し遠い目をする。
「色々あったけどさ。……でも、ひさびさに楽しい年末年始になりそうだよ」
 そう言って笑顔をみせてくれたので、声をかけてよかったのだろう。
「さて、営業妨害にならないうちに、もうひと組……」
 少年と別れ、店を見渡したフェイは、一つのテーブルを見つけて目を丸くする。
 そこにはルナリアの女性がいた。女性の方は、黒く長い髪をテーブルに散らばせて、平たく言えば突っ伏している。片手がしっかりと空ジョッキを握っており、その周りに空瓶が並べられているところから、相当量の酒を呑んでいるようだ。
 その白い顔がぱっと持ち上がり、赤い瞳がセランを捉えた。
「何だ、ちびっこ。私はまだ、そんなでかい子を孫に持った覚えはないぞ」
 目を眇め、彼女は低い声で唸りながら、しかし立ち上がる。
「―――孫……孫か……うう、分かった! よ~く顔を見せろ!」
「ええええ……」
「SORRY!」
 リーパーと思しき、近寄り難そうな風体の眉上ピアスの青年が、セランと女性の間に割って入る。その手に水の入ったグラスがあるところから、女性の連れのようだ。
 女性はそのまま、青年に抗議の声を上げていたが、宥めすかされ水を飲まされ、またテーブルに突っ伏してしまった。
「ふう……で、YOUたちは何用?」
 セランは口角を引きつらせつつ、インタビューのことを話した。
 年末年始について。青年と女性も冒険者だったようで、青年は嬉々として答えてくれた。
 年末はギルドで闇鍋をするのだそうだ。テーブルの下に山積みになった荷物はその準備らしい。混乱作用のあるハーブが混じっているようなのは、見ないふりをしておく。
「モチつき? WAO! するするッ!」
 きなこモチとか最高、と青年は人懐っこい笑みを浮かべた。見た目にそぐわず、友好的で―――女性への介抱の仕方を見るに、面倒見もいいのだろう。
 二人から離れ、セランはこそこそと小声で言う。
「あの二人、カップルだと思う?」
「さあ……でも仲は良さそうに見えたな」
 自席に戻りつつ、フェイはコートを羽織った。
「―――さて、休憩も済んだし、大市にでも行くか」
「全然休んだ気がしないんだけど……」
 セランは肩を落としつつ、鞄を身につける。


 外に出ると、やはり肌寒さを感じる。だが世界樹の根の隙間に造られた大市を行きかう人々は、寒さなど気にした風もなく、熱心に買い物をしていた。
 また突拍子もなく、フェイが二人組に声をかけに行く。
 ウォーロック風のルナリアの女性と、ドラグーン風のアースランの男性の組み合わせだ。冒険者の必需品を買い込んでいたので、デートではないと勝手に判断したのか、はたまたデートであってもフェイは気にしないだろうか。
 女性の方に、どこか見覚えがある。確か、いつぞやの定例会でお菓子を食べていた。
 フェイは覚えているのかいないのか、一切それには触れず、年末年始の話題を振った。
「年末年始ですか~、みんなで食材を持ち寄って、ご馳走を作るんです~」
 他種族のご馳走が楽しみで楽しみで~、と幸せそうなルナリアの女性の一方で、アースランの男性はひっそりと溜息を吐いていた。
 餅つき大会についても、セランが予想した通り、女性はかなり食いついてきた。
 連れの男性がまた、空を仰いで額を抱えている風なのも、彼女の『いつも通り』なのだろう。
 アースランの男性はしかし、前向きにこう告げた。
「手伝いが必要ならば、事前に連絡が欲しい。俺ともう一人のギルドメンバーなら、厨房でも邪魔にならないと思う」
「私も試食なら手伝います~」
 目を輝かせる女性に、「そうしてくれ」と投げやりに男性が答えた。
 二人に礼を言って離れるセランたち。
 すると、これもまた見覚えのある影が歩いている。
 フェイによく似た背格好の、黒髪アースランの青年だ。どこか顔色の悪い彼も、確か定例会のときに会ったことがある。
 彼が連れているのは、白いスカートを着た、ブラニーにしてはやや背の高い少女だ。二人とも私服なので、コレは明らかにデートだろう。
「って、行くのかよっ」
 またしてもフェイがどんどん二人に接近していくので、セランは頭を抱える。
 向こうもセランたちに気付いた。セランは二人に、インタビューをして回っていることを告げる。
「二人はやっぱりデート?」
「デートです!」
「ただの買い出しだ」
 異口同音……と思いきや、青年の方は固い声でそう答える。
 一方、少女は笑みを崩さない。この話題には触れない方がいい。セランは直感して、年末年始に話を移した。
「長いお休みだから、デートをいっぱいしたいです!」
 少女は青年の腕に勢いよく抱きつくが、青年は微動だにせず答える。
「ずっと宿に居て、溜まってる『空中庭園』を読破したいです」
「あ、僕もあの連載読んでる。面白いよね」
 思わず同意してしまうと、少女の笑みが己を向いていることに気付いて、セランは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「あ、えー……た、たまには外出するのもいいんじゃない? 年始にはギルド主催の餅つき大会もあるし……」
「餅つき大会ですって! ぜひ参加させてもらおう、二人で! ね、ジアくん! ということで、参加で! ぜひぜひ!」
 有無を言わさず、少女が畳みかけるように答えた。
―――その後、「デートの邪魔をしてごめんね」というセランに、少女はにこにことしながら暇を告げ、無表情の青年をずるずると引きずっていってしまった。
 とはいえ、青年は嫌がっているわけではなく、照れているのだろう、という気配を感じさせたが。
「……いろんなカップルがいるな」
「そうだね……」
 気を取り直して次、と通りを振り返ったところで、セランは地べたに這いつくばっている大男に気付いた。
「うひゃおう!?」
「あ、ごめんねー?」
 身を起こした彼はルナリアらしく、やせぎすの身体を起こした。
 屈んでいても、セランより背が高い。ネクロマンサーのような、角を模したフードのあるパーカーを着ている。
「もー、何やってんだよ」
 近づいてきたのは、ハウンドの装いをした、セリアンの少年だ。定例会で見たことがあるので、彼も冒険者のはずだ。
 事情を聞けば、ルナリアの青年が、財布を落としてしまったらしい。
「お前に持たせた僕がバカだったよ……」
 呆れたようにやれやれと首を振るセリアンの少年に、ルナリアの青年はあっけらかんと笑っている。
 「何か用が?」と訊かれ、インタビューのことを告げる。捜し物の最中だったが、彼らもまたインタビューに応じてくれた。
 年末年始は、ギルドメンバーの要望でおせちを作る予定なのだそうだ。餅つき大会の話題を振ると、セリアンの少年は八重歯を見せて笑った。
「そうだ、良かったらなにか手伝うよ。僕、これでも料理は結構できる方だから」
「僕も~」
「お前はダメ! この前は、何故か緑色のパンケーキの種を焼いて呪詛を吐き出す紫色の何かにしてただろ!」
「そうだっけ?」
 どう作れば呪詛を吐くパンケーキ(のような何か)になるのか疑問だったが、セランはあえてそこには触れないようにしておいた。
 結局財布は見当たらず、手伝いを申し出たが丁寧に断られてしまった。彼らの財布の無事を祈りつつ、セランたちは二人と別れる。
「ねえねえ、おいらたちにもインタビューしてよ!」
 そこへ、赤い髪のハーバリストの少年が近づいてきた。
 彼の後ろから、眼鏡をした気の弱そうなハーバリストの少年、二人よりは年上そうなセリアンの少年少女が近づいてくる。セリアンの少年の方は、定例会で見覚えがあった。もしかして、この子供たちも彼の仲間なのだろうか。
「いいけど、君たちも冒険者?」
「そうだよ! お兄さんたちもそう? 世界樹、どこまで登ったの?」
 赤髪の少年は、そばかすを散らした顔を笑みの形にする。随分人懐っこい少年だ。
 冒険者なら、と、セランは少年の質問は曖昧に濁しつつ、こちらの質問をした。年末年始の過ごし方と、餅つき大会について。参加の是非を訊いた途端に、そばかすの少年は元気に跳び上がる。
「参加するー! するする!」
「お、落ち着いてよ……」
 眼鏡の少年がおろおろしている。セランと目が合うと、彼はセリアンの少女の後ろに隠れてしまったが。
「餅つきかー、おいらたちもつかせてもらえるかな? どうだろ?」
「君一人じゃ杵を持てないかもしれないけど、二人ならいけるんじゃないか?」
 わずかに顔を出した眼鏡の少年を、顎でしゃくるフェイ。……その言葉で、また少年は隠れてしまった。
 四人は買い出しの最中だったようだ。セリアンの二人が、ブラニーの二人を連れて去って行く。
「さて、皆のおかげで結構集まったな」
 逐一取っていたメモを眺めるフェイ。セランはそこでふと、大市から離れた場所で、ベンチに座っている少女を発見する。
 桃色の長い髪の横顔は、セランの知っている顔だった。先日の定例会で出会ったウォーロックの青年の、ギルドに所属している、アースランの少女のはずだ。
 折角だし、声をかけよう。そう思って近づくセランに気付いた彼女は、驚き―――というより、顔色を変えた。
 そこでセランは気付く。
 ベンチの向こうから近づいてくる、ルナリアの青年がいた。精悍な顔に苦笑を浮かべたネクロマンサーの彼は確か、この少女のギルドの冒険者で。
 セランは思わず口に出した。
「あっ、デート」
「で、で、で、デートちゃうわ! 見ての通り買い出しや、買い出し!」
 訛りの強い言葉で否定する少女。一方で、ルナリアの青年は口元を抑えている。
「……はい、買い出しです」
「ご、ごめんなさい」
 散々フェイに邪魔をするなと言っておいてこれだ。しょげるセランを見て、少女はどんどん顔を赤くしていく。
「ちゃ、ちゃうねん! ちゃうからー!」
「あっ、はい。ところで、もうこの際だから、ちょっと協力してもらって良いかな」
 淡泊に言い返し、セランはインタビューのことを切り出した。
 話題が変わったことで、少女も頭が切り替わったらしく、いつものようにハキハキと答える。
 二人とも、年末は家族と過ごすらしい。が、餅つき大会には参加してくれるようだ。
「なんかごめんね、色々……」
「いえいえ。セランくん、フェイくん。ここで私たちと会ったことは、くれぐれもギルドの皆には内緒にしておいてあげてくださいね」
 後半はひっそりと声を潜めて、ルナリアの青年が告げる。
 セランは何度も頷いてみせた。
「……俺は今のはデートだって分かってたぞ」
 二人から離れたあと、ぼそりと言うフェイに、セランは胡乱な目を向ける。居たたまれなかった。
「デートって、人に言っちゃダメだってさ」
「分かった。……ううん、分からん。デートと一口に言っても、いろいろあるんだな」
「そりゃ、人それぞれの形があるよね。……リーダーだって、デートくらいしたことあるでしょ?」
「んん、あるような、ないような……」
「まあ僕はないけどね」
 自分で言っておきながら、乾いた笑みを浮かべるセラン。
―――最後にもう一組ぐらい、と周りを見渡す。
 ばちんと目が合ったのは、桃色のマフラーを巻いた、ハーバリスト風のブラニーの少女だった。だが帯剣しているので、ハーバリストではないのだろう。彼女はセランが言葉を発する前に、近づいてくる。
「何? アタシに用事?」
「えーっと……冒険者にインタビューしているんだけど」
「そうなの? ならインタビューされちゃおうかな?」
 胸を張る少女に、セランはいつも通り、年末年始の予定を尋ね、餅つき大会についてを説明する。
「餅つき大会かー。おいしいものが食べられるなら、出たい!」
「うん、ぜひギルドの人も誘って下さい」
 ギルドの人かぁ、と少女は何故か思案するように、虚空を見上げた。
 何となくまずい予感が胸中によぎる。咳払い一つ、セランは最後の質問を口にした。
「じゃ、最後にギルド名を教えて貰ってもいいですか?」
「ギルド名? ないよ」
「な、ない? まさか、君は冒険者じゃないとかってオチじゃ……」
 眉をひそめたセランに、少女は自慢げに言った。
「大丈夫、そのうち冒険者になるから!」
「ぜ、全然大丈夫じゃないんだけど……」
 彼女は装備している剣にちらりと目をやると、にっと笑った。
「じゃ、アタシ行くから! 餅つき大会、楽しみにしてる!」
「え、あ、ちょっ……」
 ぱたぱたと人混みの中に走り去っていった少女を呆然と見送り、セランは頭を掻いた。
「うーん……どうしよう……」
「セラン、そろそろ引き上げようか」
 メモの枚数を数えていたらしいフェイが、西日を振り返る。
「う、うん……」
 セランは首肯する。


 その日の帰り道である。
「『空と月』、『ペネトレイター』、『メイジューン』、『ブランクノートページ』、『ヴァーダームス』、『アンセムノーツ』、『ディスカバリ』、『オリヴィン』、『紺丹緑紫』、『ホライゾンレッド』、『プレリアル』、『コハルビヨリ』、『フラバティーナ』、『カンケツセン』……えっと、最後の女の子のギルド名は?」
「ないって」
「ない?」
 セランは胡乱に答える。
「まだギルド、作ってないんだって」
「そうか。ま、無記名でもいいだろ」
「いいの?」
 覗き込んだセランに、フェイはメモを束ねながら答える。
「構わないさ。未来の冒険者だろ?」
「そうだけど……」
 フェイは感嘆したように、溜息を吐く。
「今日話を聞かせてもらったギルドだけでもこれだけあるのに、まだこれから生まれるギルドもあるんだな。もちろん、解散したギルドだって過去にはあるだろうけど。……この同じ瞬間に、アイオリスで冒険者をやっているのも、何かの縁なのかもしれないぜ」
「だから、あの子は冒険者じゃないってば」
「そのうちなるんだろう? 目標を持ち続ければ、きっと実現する夢だよ」
 そう言ってセランの髪をかき回してきたフェイの手を、唸りながら避ける。
「……それ、誰のこと?」
「さあ、誰のことだろうな。少なくとも、俺の知っている誰かさんは、冒険者になった」
 むう、とセランは唇を尖らせる。
「……ま、いっか。いい年末年始になるといいね」
「そうだな。セラン、手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまして。……はあ、おなかすいたね」
 すっかり藍色に染まる宿までの道のりを、二人はゆっくりと歩いていく。
 新しい年はどんな年になるだろうか。そんなことを考えながら。

 

≪おわり≫
 
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Special Thanks!!!

ゆうやさん、すのうているさん、かざしさん、ヒワダさん、
日伐ともこさん、ぱやしさん、うぱんさん、
リヲさん、べべさん、秋夜さん、
指参さん、ゲレンデさん、ゆうしまさん、
水茶屋さん、シュンさん

(キャラクター登場順)


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