・演奏できるもの
今日の探索メンバーが全員揃った。樹海に足を向けようとする面々の中、イーシュの肩をとんとんと叩く者があった。
「あのさあ」
振り返って、さらに見下ろした先にいたライが首を捻る。
「―――あんたさ、昨日は、笛持ってなかったか?」
「笛?」
訊き返しながらも、ああ、とイーシュは納得する。ついでに、手元のギターラをじゃらんと鳴らしてみせた。
「今日は、ギターラの気分なの」
「ふーん」
どうも、楽器が日替わりなのが気になったらしい。ライはまだ訝しげな表情をしている。
「何種類演奏できんの?」
「うーん……楽器と分類できるものなら、大体は」
「へえ、すごいな!」
「でっしょ」
えへん、とイーシュは胸を張る。目を輝かせたライが、じゃあさ、と言った。
「ピアノも弾けるんだよな!」
「うん」
「バグパイプも!」
「う……ん」
「尺八も!」
「た……多分」
「すっげえ!!」
ライは感嘆の叫びを上げると、突如表情を変えた。
「じゃ、腹鼓も?」
「え?」
見下ろした先のライは、意地悪く微笑んでいた。
「腹鼓も演奏できんだろー? な?」
イーシュは頬が引きつるのを感じる。
にやりと口角を上げているライは、イーシュに迫り寄ってきた。
「何でも弾けるんじゃないの? まさか出来ないなんて―――」
「……だあー! もうっ」
イーシュは自棄になって叫ぶと、腰布に手を突っ込んだ。
「分かったよっ、やればいいんでしょ、やれば!」
「あなたたち、さっきから呼んでるのに聞いていないの?」
帯を解いた途端、声がした先には、ノアがいた。彼女はイーシュの行動を冷ややかな目で見下ろすと、慌てて上着を引っ張り下げる彼にこう言い放った。
「樹海で下らない事をしていると、死ぬわよ」
「はい……」
項垂れたイーシュ。
ライは声を押し殺して笑っていたが、その後レオンに、すれ違い様に殴られていた。
・かわいい女の子
「ほい、依頼品」
カウンターに置かれた袋の紐を解き、サクヤは中身を確認する。
「ちゃんと五つあるわ。ご苦労様」
彼女が笑顔とともに報酬を手渡すと、レオンは不思議そうに首を捻った。
「それにしても、なんでそんなもんが五つも必要なんだ?」
今回の依頼は、星型の種子を五つ届けて欲しい、というものだった。だが樹海の植物は地上では育たないし、料理などに使うものだとは思えない。
「お守りになるのよ。依頼人はかわいい女の子だったわ」
その時のことを思い出してか、サクヤはくすりと笑う。
「お守りねえ……」
虚空を見上げて呟くレオンに、彼の隣にいたアリルが説明し始める。
「星のかたちをした種で作ったお守りを身につけてると、好きな人と両想いになれるっていうおまじないだよ」
「へえ」
どうでもよさそうに生返事をしたレオンを、アリルが睨みつける。
「何よ、その反応」
「別に何にも言ってねーだろ」
「馬鹿にしてない?」
「興味がないだけだ」
レオンは一つ大きな欠伸をすると、店を出ていってしまった。
その後ろ姿を見送ったアリルは、唇を尖らせる。
「本当、乙女心が分からないんだから」
「男性にそれを求めても、無駄じゃないかしら」
やんわりとサクヤがそう言うが、アリルは首を横に振った。
「クルスくんは『うまくいくといいですね』って言ってくれたもん」
「それも……どうかと思うけれど」
サクヤは複雑な表情でクルスを思いやる。が、アリルはそれに全く気付かぬ様子で、種子が入った袋を持ち上げた。
「―――じゃあこれ、もらっていきますね」
「ええ、どうぞ」
“かわいい女の子”である依頼人に、サクヤは微笑んだ。
・永遠に*第五階層
「永遠なんでしょうか」
「あん?」
レオンが眉をひそめる。
透明な壁を通して、世界が広がっているのが見える。レオンに背を向け、クルスはそちらに近づいた。
それは山の上から麓を見渡すほどの高さだが、目線に等しく乱立する四角いものが一体何なのか、クルスには全く分からない。いや、誰にも解りようがないだろう。
「あの人の言葉を信じるなら、今僕達がいるこの世界は、何千年も前に滅んだ世界なんですよね」
「……まあな」
「だとすれば、この世界は永遠なんでしょうか」
ひっそりと静まり返る、切り取られた世界。
一瞬は、永遠の死でもある。
「それは、違う」
意外にも、否定してきたのはアイオーンだった。
「―――この世界を維持するためのシステムを構築し、支配してきたのは、ヴィズルだ。だが彼が―――いなくなった今、世界樹の迷宮を管理できる者はもういない」
「樹海自体が、滅んでいくということですか」
「恐らくは。全て、ここで得た断片的な情報の解釈に過ぎないが」
凍った時間が動き出し、永遠は永遠でなくなるのだろうか。
クルスは透明な壁に触れ、あらためて眼下を見遣った。
底の見えない闇が、世界樹の巨大な枝に引き摺られている。
「この世界は、もう一度滅ぶんですね」
「そうだ。それこそ、永遠に」
アイオーンの言葉を背に、クルスはゆっくりと目を閉じた。
今日の探索メンバーが全員揃った。樹海に足を向けようとする面々の中、イーシュの肩をとんとんと叩く者があった。
「あのさあ」
振り返って、さらに見下ろした先にいたライが首を捻る。
「―――あんたさ、昨日は、笛持ってなかったか?」
「笛?」
訊き返しながらも、ああ、とイーシュは納得する。ついでに、手元のギターラをじゃらんと鳴らしてみせた。
「今日は、ギターラの気分なの」
「ふーん」
どうも、楽器が日替わりなのが気になったらしい。ライはまだ訝しげな表情をしている。
「何種類演奏できんの?」
「うーん……楽器と分類できるものなら、大体は」
「へえ、すごいな!」
「でっしょ」
えへん、とイーシュは胸を張る。目を輝かせたライが、じゃあさ、と言った。
「ピアノも弾けるんだよな!」
「うん」
「バグパイプも!」
「う……ん」
「尺八も!」
「た……多分」
「すっげえ!!」
ライは感嘆の叫びを上げると、突如表情を変えた。
「じゃ、腹鼓も?」
「え?」
見下ろした先のライは、意地悪く微笑んでいた。
「腹鼓も演奏できんだろー? な?」
イーシュは頬が引きつるのを感じる。
にやりと口角を上げているライは、イーシュに迫り寄ってきた。
「何でも弾けるんじゃないの? まさか出来ないなんて―――」
「……だあー! もうっ」
イーシュは自棄になって叫ぶと、腰布に手を突っ込んだ。
「分かったよっ、やればいいんでしょ、やれば!」
「あなたたち、さっきから呼んでるのに聞いていないの?」
帯を解いた途端、声がした先には、ノアがいた。彼女はイーシュの行動を冷ややかな目で見下ろすと、慌てて上着を引っ張り下げる彼にこう言い放った。
「樹海で下らない事をしていると、死ぬわよ」
「はい……」
項垂れたイーシュ。
ライは声を押し殺して笑っていたが、その後レオンに、すれ違い様に殴られていた。
・かわいい女の子
「ほい、依頼品」
カウンターに置かれた袋の紐を解き、サクヤは中身を確認する。
「ちゃんと五つあるわ。ご苦労様」
彼女が笑顔とともに報酬を手渡すと、レオンは不思議そうに首を捻った。
「それにしても、なんでそんなもんが五つも必要なんだ?」
今回の依頼は、星型の種子を五つ届けて欲しい、というものだった。だが樹海の植物は地上では育たないし、料理などに使うものだとは思えない。
「お守りになるのよ。依頼人はかわいい女の子だったわ」
その時のことを思い出してか、サクヤはくすりと笑う。
「お守りねえ……」
虚空を見上げて呟くレオンに、彼の隣にいたアリルが説明し始める。
「星のかたちをした種で作ったお守りを身につけてると、好きな人と両想いになれるっていうおまじないだよ」
「へえ」
どうでもよさそうに生返事をしたレオンを、アリルが睨みつける。
「何よ、その反応」
「別に何にも言ってねーだろ」
「馬鹿にしてない?」
「興味がないだけだ」
レオンは一つ大きな欠伸をすると、店を出ていってしまった。
その後ろ姿を見送ったアリルは、唇を尖らせる。
「本当、乙女心が分からないんだから」
「男性にそれを求めても、無駄じゃないかしら」
やんわりとサクヤがそう言うが、アリルは首を横に振った。
「クルスくんは『うまくいくといいですね』って言ってくれたもん」
「それも……どうかと思うけれど」
サクヤは複雑な表情でクルスを思いやる。が、アリルはそれに全く気付かぬ様子で、種子が入った袋を持ち上げた。
「―――じゃあこれ、もらっていきますね」
「ええ、どうぞ」
“かわいい女の子”である依頼人に、サクヤは微笑んだ。
・永遠に*第五階層
「永遠なんでしょうか」
「あん?」
レオンが眉をひそめる。
透明な壁を通して、世界が広がっているのが見える。レオンに背を向け、クルスはそちらに近づいた。
それは山の上から麓を見渡すほどの高さだが、目線に等しく乱立する四角いものが一体何なのか、クルスには全く分からない。いや、誰にも解りようがないだろう。
「あの人の言葉を信じるなら、今僕達がいるこの世界は、何千年も前に滅んだ世界なんですよね」
「……まあな」
「だとすれば、この世界は永遠なんでしょうか」
ひっそりと静まり返る、切り取られた世界。
一瞬は、永遠の死でもある。
「それは、違う」
意外にも、否定してきたのはアイオーンだった。
「―――この世界を維持するためのシステムを構築し、支配してきたのは、ヴィズルだ。だが彼が―――いなくなった今、世界樹の迷宮を管理できる者はもういない」
「樹海自体が、滅んでいくということですか」
「恐らくは。全て、ここで得た断片的な情報の解釈に過ぎないが」
凍った時間が動き出し、永遠は永遠でなくなるのだろうか。
クルスは透明な壁に触れ、あらためて眼下を見遣った。
底の見えない闇が、世界樹の巨大な枝に引き摺られている。
「この世界は、もう一度滅ぶんですね」
「そうだ。それこそ、永遠に」
アイオーンの言葉を背に、クルスはゆっくりと目を閉じた。
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