「くっそ」
上腕部の鎧を片手で押さえながら、レオンは静かになった最前線から踵を返した。
何度直してもずれ落ちてくる。
コレは完全に、留金かベルト自体が死んだに違いない。
後衛のいる場所に戻ると、ルミネが怪我人の治療を行っていた。
仲間全員の無事を目視で確認したのち、レオンはどかりとその場に座り込んだ。改めて鎧に手を伸ばす。
「あー」
どろりとした嫌な感触がそれを阻んだ。上腕の裏に走る鈍痛。鎧を外そうにも、腋付近に裂傷があるらしく、下手に触れると傷口が広がりそうで、自分ではどうにも出来ない。とはいえ出血量からして致命傷には程遠いので、大人しく治療の順番を待つことにした。
いつもの笑みで振り返ったルミネは、楽しそうに言った。
「あらあらー、この子ったらまた変なところに怪我作っちゃって」
「いっで!」
怪我のある方の腕を思い切り引かれ、レオンは悲鳴を上げた。
涙目で睨むが、じんわりとしか感覚のない腕を支えるように持ち上げて検分していたルミネは、その視線に気づいてもにっこり笑うだけだ。
「もうちょっとずれてたら、腕ごとばっさりか急所に直撃だったわねー」
嬉しそうに言うのだから、性格の悪い女だ。
とはいえ下手に言い返せばもっとひどい目に遭うのは分かりきっているので、レオンはぐっと黙り込んでいた。
「はい、取れた。……治療するから、胸や逆肩の鎧も外してちょうだいー」
「片手で?」
非難するように尋ねる。怪我がある方の腕はルミネが持ったままだ。
何が気に入らなかったのか、ルミネはわざとらしくレオンの腕を捻った。傷に負担がかかり、レオンは声にならない痛みを得て蹲る。
「外すわよー」
耐えている間に、鎧はどんどん脱がされていく。
―――もういい、本当に何も言わずに大人しくしておこう。
心中での誓いそのまま、治療の間もしばらくされるがまま放置していたレオンだが、やがてルミネの手が伸びた先に違和感を覚える。
添えられたのは、腰だ。
「ちょっ……」
「何よー?」
レオンの背中から腕を回して、抱きつく形に近い姿勢になっていたルミネが触れた位置―――ベルトのバックルを、レオンは大慌てで奪い返す。
「何やってんだっ」
「だって肩当てのベルト、切れちゃったんだものー。代わりにしようと思って。ボトムスのベルトなら取ったところで、どうせ腰部鎧のベルトがあるんだからいいでしょー?」
「一言かけてからにしろ!」
ルミネの手を払いのけ、いらない手助けが入らぬうちにレオンは自らベルトを外す。
「あらー」
めげずに―――今度は確信的に―――ルミネは背中に密着してくる。
「いくら私でも、樹海の中で脱がしたりしないわよー、樹海の中では、だけど」
「あんたが言うと冗談に聞こえねーんだよ……」
「冗談のつもりじゃないわよー?」
「いいから、はい」
抜き取ったベルトをぞんざいに押し付けると、ルミネはあっさり身を引いた。
腋の下を通ったベルトが、自由な方のレオンの手に渡される。
「引っ張ってちょうだいー」
「はいはい」
![leonlumine.jpg](https://blog.cnobi.jp/v1/blog/user/3b46c1c786a9e265c20e9ba13d589e7a/1330174350)
大人しくしながら、周囲を散策している仲間の様子をぼんやり眺めていたレオンの耳に、ルミネの鼻歌が届く。
珍しく分かりやすい上機嫌に、レオンは眉を寄せた。
「……どうしたんだよ?」
「なあに? 変な顔して」
「……いや」
「できた」
ルミネは嬉しそうにぽんと肩当てを叩いた。
「どうー?」
「ん」
包帯のせいで収まりは悪いが、探索中は問題ないだろう。
外してあった他の鎧を装着し始める。と、立ち上がって足元を払っていたルミネが、ふと呟いた。
「懐かしいなーと思ったの」
「え?」
「昔からあなたは、装備を大事にしない子だったからー」
「ああ……」
傭兵時代の話だ。
補給もままならなかったあの頃、鎧の不具合があるたび、ルミネに手伝ってもらいながら改修したのだった。しかし何故あれほど壊れたのか長いこと不思議だったのだが、今ようやくレオンは原因に気づく。
彼が装備を粗末にしていたわけではなく、成長する少年の身体に、装備がおいついていなかったのだ。
そんなほんの数年前の思い出も、遠い昔のように感じる。
だからか、そんなことをぼんやり想起していたレオンは、ルミネの発言に弁解する気もなく、代わりにぽつりとこう呟いた。
「ガキの世話焼き懐かしむとか、年寄りくせ―――でっ」
ばしっと頭を払われつつも、レオンはくつくつと笑った。
上腕部の鎧を片手で押さえながら、レオンは静かになった最前線から踵を返した。
何度直してもずれ落ちてくる。
コレは完全に、留金かベルト自体が死んだに違いない。
後衛のいる場所に戻ると、ルミネが怪我人の治療を行っていた。
仲間全員の無事を目視で確認したのち、レオンはどかりとその場に座り込んだ。改めて鎧に手を伸ばす。
「あー」
どろりとした嫌な感触がそれを阻んだ。上腕の裏に走る鈍痛。鎧を外そうにも、腋付近に裂傷があるらしく、下手に触れると傷口が広がりそうで、自分ではどうにも出来ない。とはいえ出血量からして致命傷には程遠いので、大人しく治療の順番を待つことにした。
いつもの笑みで振り返ったルミネは、楽しそうに言った。
「あらあらー、この子ったらまた変なところに怪我作っちゃって」
「いっで!」
怪我のある方の腕を思い切り引かれ、レオンは悲鳴を上げた。
涙目で睨むが、じんわりとしか感覚のない腕を支えるように持ち上げて検分していたルミネは、その視線に気づいてもにっこり笑うだけだ。
「もうちょっとずれてたら、腕ごとばっさりか急所に直撃だったわねー」
嬉しそうに言うのだから、性格の悪い女だ。
とはいえ下手に言い返せばもっとひどい目に遭うのは分かりきっているので、レオンはぐっと黙り込んでいた。
「はい、取れた。……治療するから、胸や逆肩の鎧も外してちょうだいー」
「片手で?」
非難するように尋ねる。怪我がある方の腕はルミネが持ったままだ。
何が気に入らなかったのか、ルミネはわざとらしくレオンの腕を捻った。傷に負担がかかり、レオンは声にならない痛みを得て蹲る。
「外すわよー」
耐えている間に、鎧はどんどん脱がされていく。
―――もういい、本当に何も言わずに大人しくしておこう。
心中での誓いそのまま、治療の間もしばらくされるがまま放置していたレオンだが、やがてルミネの手が伸びた先に違和感を覚える。
添えられたのは、腰だ。
「ちょっ……」
「何よー?」
レオンの背中から腕を回して、抱きつく形に近い姿勢になっていたルミネが触れた位置―――ベルトのバックルを、レオンは大慌てで奪い返す。
「何やってんだっ」
「だって肩当てのベルト、切れちゃったんだものー。代わりにしようと思って。ボトムスのベルトなら取ったところで、どうせ腰部鎧のベルトがあるんだからいいでしょー?」
「一言かけてからにしろ!」
ルミネの手を払いのけ、いらない手助けが入らぬうちにレオンは自らベルトを外す。
「あらー」
めげずに―――今度は確信的に―――ルミネは背中に密着してくる。
「いくら私でも、樹海の中で脱がしたりしないわよー、樹海の中では、だけど」
「あんたが言うと冗談に聞こえねーんだよ……」
「冗談のつもりじゃないわよー?」
「いいから、はい」
抜き取ったベルトをぞんざいに押し付けると、ルミネはあっさり身を引いた。
腋の下を通ったベルトが、自由な方のレオンの手に渡される。
「引っ張ってちょうだいー」
「はいはい」
大人しくしながら、周囲を散策している仲間の様子をぼんやり眺めていたレオンの耳に、ルミネの鼻歌が届く。
珍しく分かりやすい上機嫌に、レオンは眉を寄せた。
「……どうしたんだよ?」
「なあに? 変な顔して」
「……いや」
「できた」
ルミネは嬉しそうにぽんと肩当てを叩いた。
「どうー?」
「ん」
包帯のせいで収まりは悪いが、探索中は問題ないだろう。
外してあった他の鎧を装着し始める。と、立ち上がって足元を払っていたルミネが、ふと呟いた。
「懐かしいなーと思ったの」
「え?」
「昔からあなたは、装備を大事にしない子だったからー」
「ああ……」
傭兵時代の話だ。
補給もままならなかったあの頃、鎧の不具合があるたび、ルミネに手伝ってもらいながら改修したのだった。しかし何故あれほど壊れたのか長いこと不思議だったのだが、今ようやくレオンは原因に気づく。
彼が装備を粗末にしていたわけではなく、成長する少年の身体に、装備がおいついていなかったのだ。
そんなほんの数年前の思い出も、遠い昔のように感じる。
だからか、そんなことをぼんやり想起していたレオンは、ルミネの発言に弁解する気もなく、代わりにぽつりとこう呟いた。
「ガキの世話焼き懐かしむとか、年寄りくせ―――でっ」
ばしっと頭を払われつつも、レオンはくつくつと笑った。
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