*とりとめのない、クッククローギルドの日常風景を切り取ったお話です
*登場人物(全員クッククロー所属)
ライ:白ダクハン♂、元チンピラ小僧、お調子乗り
レオン:赤ソド♂、ギルドのリーダー、変人
クルス:金パラ♂、折り目正しい騎士、アリルに片思い中
アリル:触覚メディ♀、医術士見習い、レオンが好き
ルミネ:黒マグス♀、レオンの古い知り合い、尻軽
今日はクッククローの探索が休みの日だ。
人数の多いギルドであるので、休みはわりと頻繁にローテーションで回ってくる。そのため全員が休みという日は、数週間に一度といった割合だ。
その貴重な日を、レオンは持て余していた。
「レオンは、これからどうするんです?」
朝食後に戻った男部屋でクルスが話しかけてくる。レオンは生返事一つ、答えた。
「寝る」
「……他にすることはないんですか」
「ねえなあ」
エトリアにいたときからそうだったが、レオンは樹海探索以外の趣味がないのだ。当時は一人で一階層を散歩したりして暇をつぶしていたが、アリルに見つかってからはきつく止められている。もとより、ハイ・ラガードはまだエトリアほど冒険者人口が多いわけではないので、万が一の時他のギルドに助けてもらえる可能性は限りなく低いというのもある。
「折角の休みなんですから、街の中を見て回ればいいのに」
「来て何ヶ月も経つし、そう広い国でもないだろ」
「僕は行きますよ。アリルと、買い物です。二人きりで」
心なしか自慢げに胸を張り、クルスは言った。
レオンはそれを半目で向かい打つ。
「荷物持ちか……」
「そ、それもありますけど! 中心市街にも出ますし」
「糸買い忘れんなよ」
シトト交易所は中心市街にある。
ようするに、備品の買い出しだ。
クルスはがっくりと肩を落とした。
「覚えときます……」
「ついでに、コレ売ってきてくれ」
レオンが投げた白い石を受け取り、クルスは怪訝な顔をする。
「何ですか、これ」
「見ての通り、石だよ。依頼の謝金のついでに先方がくれたんだが……おまえにやるよ」
「いいんですか?」
目を丸くするクルス。レオンは鼻を鳴らした。
「二束三文にもならねーだろうけどな。ま、買い物のついでに使いきってこいよ」
「ありがとうございます」
礼をし、顔を綻ばせたクルスは、うきうきと部屋を出ていった。
謝金のおまけでもらったものなので、これくらいのサービスは許されるだろう。
そこで、レオンは部屋にもう一人いる住人の、妙な静けさに気づいた。そいつの性格上、今のやりとりを見ていたら「おれもおれも」と調子づいてきそうなものだが―――
その少年こと、ライはじっと、神妙な顔でレオンを見つめていた。
「……何だよ」
「んー……」
「おまえも出かけんのか?」
幸いにもお使いのツテはもう一つある。それを口にしようとした瞬間、ライが先に口を開いた。
「リーダー、一つ、お願いがあんだけど」
「……何だよ、かしこまって」
ライはなかなか言葉が出ない様子で、間を空けながらこう言ってきた。
「おれに、剣を教えてくれねえかな」
「はあ?」
「や、だから、剣の使い方」
レオンは眉をひそめた。
ライが主張するには、こうだ。
最近、鞭だけで倒せる敵が少なくなってきた。特に雑魚が多く出てきた場合、いちいち鞭で一匹ずつ倒すのは時間もかかるし、危険度も上がる。
そこでライは思い出した。昔から彼は、罠を張るのが得意だったのだ。人間相手だったそれを、魔物相手に応用させることはできないものか。
鞭だけでは罠のバリエーションにも限界がある。だから、他に何か扱えそうな武器を、もう少し学んでみよう―――
それで、一番手頃に使い手、つまり師匠が見つかり、オールマイティーな武器である剣を選んだということだ。
「やだよ、めんどくせえ」
宿の階段を下りながら、レオンは蠅を払うように手を振った。
「何でだよ! リーダー、剣士じゃん!」
それに追いすがりながらライが叫ぶ。
階段を下りきったとこでレオンは立ち止まり、振り向いた。
「わっ」
「型を学びてえんなら、もっと良い講師がいるだろーが。クルスとか」
「クルスくんは盾持ちじゃん。おれみたいなスピードタイプには向かないかなと思って」
確かにライの言うとおりだ。騎士団で習う剣術を、ライが生かせるとは思えない。
そこに。
「あらー、何の話ー?」
頬に手を当ててロビーの方角から近づいてくるのは、ルミネだ。
「酒くさっ。ルミネーさん、また朝帰りかよ」
「うふふ」
また話をややこしくするやつが来やがった。
レオンが辟易してる間に、ライが彼女に事情を話す。
ルミネはぱんと手を打った。
「それならー、私が教えてあげましょっかー?」
「えっ、マジで!?」
「マジよー」
「あそっか、リーダーの師匠ってルミネーさんなんだっけ」
ライが言葉を紡ぐ間に、レオンの方にルミネが流し目を送ってくる。
いやな予感がした。
「やめとけ」
「えー、何でだよ」
「剣以外に色々、要らねーことまで教えそうだからな、このアマ……」
「あらー、そんなことないわよー。ちゃんと丁寧に、手取り足取り腰取り―――」
「はいアウト! やっぱ駄目! 分かったよ、俺が教えればいいんだろ!」
そう吼えたレオンにライは目をぱちくりとしたが、やがてにやりと口角を上げて指を弾いた。
「そうこなくっちゃ!」
かくしてレオンの休日は、ライの相手をすることで消費されたのであった。
その日の夜。
ライは早速後悔していた。
「痛ェよー腕が上がんねーよー」
「うだうだうっせえな、さっきから」
憤然としてフォークをロールキャベツに突き刺すレオン。
その正面に座しながら、ライは恨みがましい目を彼に向けた。
「だってよー、鞭の修業じゃこうも身体は痛まなかったぜ?」
早くも筋肉痛で、全身のあちらこちらが悲鳴を上げているのである。せっかく待ちに待った夕飯だというのに、グリーンピースひとつ、満足に掬えやしない。
「すみません、遅くなりました」
棘魚亭の扉を開いて入ってきたのは、クルスとアリルである。雨に降られたらしく、髪がしとどに濡れていた。
「おう、始めてるぜ」
「ええ……そうだ、レオン。これ」
クルスは革袋を取り出して、レオンに手渡した。
「何だこりゃ」
「レオンが下さった石の代金ですよ! 宝石の一種だったらしくて、すごい高値で買い取ってもらえたんです」
「ほー、そりゃ良かったな……って別に返さなくても良かったんだぞ」
「何言ってるんですか。せっかくの大金なんですから、ギルドのために使ってください」
真剣に頷いて見せるクルスに、レオンは苦笑いを浮かべた。
「おまえは真面目だなー……ホント、どっかの誰かとは大違いだ」
ちらっとその隻眼がライを見たので、ライはそっぽを向いて唇を尖らせた。
「ライくん、どうしたの? 調子が悪そうだけど……」
アリルの言葉に、レオンは片手をひらひらと振った。
「筋肉痛だと。あとで見てやってくれ」
「筋肉痛?」
「特訓の成果さ。なあ、ライ」
にやりと笑うレオンを、ライは睨みつけた。
「リーダーの鬼……」
「何をしてたんですか?」
クルスが不思議がる。ライは、それには口角を上げて応じた。
「秘密。役に立つ時が来たら、教えてやるよ」
クルスとアリルは顔を見合わせて、首を傾いだ。